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コレクション数学史【第1期 全5巻】

1 デカルトの数学思想  佐々木力

近代西欧哲学の開祖デカルトは,同時に近代西欧数学を誕生せしめた数学者でもあった.否,デカルトの学問思想は,彼の数学研究に基づいてこそ華咲いたというのが実情であろう.本書は,デカルトがいかに彼の登場以降支配的になる代数解析的数学を形成せしめたのかを数学的かつ歴史学的に再構成し,さらに数学的諸学の中枢的学科と見なされてきた「普遍数学」という概念が,西欧古代から現代までどのように継承され,変容を見せたのかを文献学的かつ哲学思想史的に跡づける.総じて,純粋数学の確実性の上に基礎づけられた近代学問思想が現在,いかなる思想史的位置にあるのかについて省察する.本書の基本構想は,著者がプリンストン大学大学院に提出した博士学位論文に基づいており,その公刊は,著者の師であり,科学観を根源的に転換せしめ,科学史学を本格的な学問とした,故トーマス・S・クーン教授が待望したものである.

2 ライプニッツ 普遍数学の夢  林 知宏

ライプニッツは,ニュートンと並んで,無限小解析学の建設に大きな貢献を果たしたことで知られる.だが,彼の数学上の貢献は,それにとどまらない.幾何学(位置解析),方程式論,数論,確率論等々といった分野にも考察は及んでいた.その独創的な思索の痕跡は,主として草稿や同時代人たちとの書簡の中に多く残されている.一方,彼は,17世紀に広く共有されていた思想的伝統の申し子でもあった.それは「普遍数学」と呼ばれる概念の伝統であり,既成の学問分野を統合・再編するための基礎的領域を作ることであった.その概念を機軸にして,数学のもつ確実性,明証性,記号的形式性を活かしつつ,広く学問的構造の改変へと応用することを,ライプニッツは生涯をかけて追究した.本書は,ライプニッツの数学全般の発展と,同時並行的に充実させていった「普遍数学」構想の両面を視野に入れて記述される.そうすることによって一千年に一人とも言える広大なスケールをもった思想的巨人の知的格闘の跡を解明しようとするものである.

3 ニュートン 流率法の変容  高橋秀裕

近代西欧の数学者というと脳裏には真っ先にアイザック・ニュートンの名前が浮かぶだろう.ニュートンは,微分積分学を創始し,さらには万有引力理論に基づいて運動法則を定式化することによって,地上と天上の運動の数学的法則を統一的に扱う力学の理論体系を構築した.だが,実際の彼の数学思想は,そこから連想される「近代科学者」としてのニュートン像とは極めて異なる様相を呈している. 1960年代以降,膨大な遺稿群に基づいてなされたニュートン研究の目覚ましい進展は近代自然科学の祖としてのニュートン像を塗り替えるものであり,まさにここ四半世紀は,いわば破壊されたニュートンの偶像を全体像として改変し再構成する歴史的基礎作業の時代であった.本書は,このような作業の一環として,ニュートンの数学,とりわけ流率法に関する主要な論考を年代誌的に克明に分析し,その論法の定立と概念構成の機構の形成過程,及びその変容を明らかにすることを通して,ニュートンの数学について新しいイメージを提示しようとするものである.

4 アラビア数学の展開  ロシュディー・ラーシェド/三村太郎訳

アラビア数学における代数(アル=ジャブル)がアル=フワーリズミー(西暦9世紀)に始まることは周知であろう.しかし,アル=フワーリズミー以後のアラビア数学,とくに代数と関連した分野がどのような展開をみせたのかについての研究は,当時の文献の詳しい調査がほとんどなされていないため,未開拓といってよかった.このような未開拓の分野において,いまだ校訂されていない多くの写本資料をもとに,本書は新たなアラビア数学像を描き出そうとする.アル=フワーリズミーの『アル=ジャブルとアル=ムカーバラの書』はそもそも,ディオファントスの『数論』がアラビア語に翻訳される以前の著作であり,非ギリシャ数学的性格をもつものであった.すなわち,アル=フワーリズミーの紹介するアルジャブル(代数)とは,アラビア独自の学問分野であった.だが,アル=フワーリズミー以後,10世紀から11世紀にかけて,「代数の算術化」が進行する.換言するなら,アルジャブルのギリシャ数学化が進行し,新たな代数が誕生し,発展してゆくこととなった.本書は,このようなアラビア数学における「算術と代数の弁証法」という現象を,豊富な写本資料に基づいて克明に跡付けようとする.近年のアラビア数学史研究の興隆を引き起こした著者の最も基本的な著作である.

5 近世日本数学史 その成立と展開  佐藤賢一

近代以降,日本科学史の中でも和算史の研究は豊富な史料に支えられ,一定の蓄積があった.しかし,例えば,最も著名な関孝和の伝記にしても,その研究成果は堅実な史料に基づくものでは必ずしもなかったと言わざるをえない.本書は,和算史上代表的な和算家である関孝和の伝記を再考し,彼が活躍した時代背景とともに描写し,多角的な視野から当時の和算の状況を見ていく.国絵図作製と和算家との関わり,儒学と和算との相互連関を取り上げることで,和算の勃興期に新たな研究の視点を提示し,関孝和の数学的業績の背後にあったものを浮き彫りにする.その過程で,これまで未知の,関孝和,建部賢弘の同時代人三宅尚斎,榊原霞洲といった人々の数学との接点も明らかにしてゆき,近世日本数学史研究に新地平を切り拓こうとするものである.



編集の辞

 《コレクション数学史》は, 21世紀初頭にあって, 人間の知識の精華とも目される数学についての歴史学的研究の現在を知らしめることを目的として企画される.科学史学は,科学に関する人文主義的反省の最も堅実な方法として,前世紀に生誕を見た新進学問である.日本の数学研究は,世界の最前線に位置すると言われる.他方,理科離れや数学離れが巷の話題になり,数学の文化的基底が真剣に問われるような学問思想史的状況もが現出している.このような学問論的現況においてなさねばならないことは,最も理性的な観点から,これまで自明の事柄と前提されてきた思想史的基底を問い直す作業であろう.厳密な学問の規範と見なされてきた数学の来し方が,歴史学的探究の光によって照射されなければならないゆえんである.
 科学史学の多様な分野の中で,わが国の数学史研究は世界的拠点のひとつに数えられる.この四半世紀で最もドラスティックな進展をみたアラビア数学史を先頭で率いたロシュディー・ラーシェド教授が,東京大学に赴任してきた1990年代中葉からはとくにその水準を向上せしめた.今,その研究前線は,西欧数学の狭い枠を越え,アラビア数学をも射程に収め,今後,日本数学を中軸とする東アジアの数学の批判的討究に及ぶものと期待されている.実際,その研究手法は,東京大学に留学している学徒たちによって東アジア全体に波及してゆくものと期待されている.
 本コレクションは,佐々木とラーシェド教授の主要著書,並びに,東京大学において二人を総帥として推進された数学史研究の精華を一般向きに大幅に書き直す形でまとめられた各巻,さらに,数学史の古典的傑作と評価の高い著作の紹介,日本数学の古典の批判版などからなるものと構想されている.今日の数学史研究の水準を示す著作群として,一般の読者にその成果を公表すると同時に,未来の学徒に新たな学問水準を示しうるものとなろう.各巻にはそれぞれの独立性をもたせると同時に,全体として一体性をももたせ東京大学出版会の《コレクション数学史》として,末永く記憶にとどめられる書群となろう.  現代日本の学問研究,そして教育の現場は掲げられるべき理念を喪失しつつあるかに見える.今後提供される書物の集成は学問教育理念回復の信頼しうる羅針盤となるであろう.
2003年1月  佐々木 力

推薦の辞

彌永昌吉(東京大学名誉教授・日本学士院会員)

 このたび東京大学出版会では,佐々木力氏を中心とする《コレクション数学史》の発刊を企画され,各巻の著者や予定内容が私にも示された.
 本シリーズにおいて,佐々木氏自身は,プリンストン大学の学位論文でも扱われたデカルトの数学思想についての精密な論考を発表される.エジプト出身,パリ在住で,1994年から3年間,東京大学教養学部で講ぜられたロシュディー・ラーシェド氏の著書『アラビア数学の展開』の邦訳も含まれている.アラビア数学史の本格的研究は,今までわが国では知られることが少なかったが,本書によって広く知られることとなろう.
 東京大学大学院に科学史の専攻が設けられたのは30年ほど前のことであるが,その間に大きく発展を遂げ,多くの人材を輩出した.本叢書ではニュートン,ライプニッツ,和算について,それぞれ高橋秀裕,林知宏,佐藤賢一氏が独自の見地を含む著書を発表される.いずれもが,佐々木,ラーシェド両氏のもとで研鑽を積まれた新進の数学史の学徒である.
 数学史の広大な分野は,もとよりこのシリーズで尽くされるわけではないが,充実した内容の期待されるその発刊を喜び,さらなる発展を祈る次第である.

原 亨吉(大阪大学名誉教授)

 「数学史」とは,比較的新しい研究分野である.ヨーロッパには,極めて少数ながら優れた先例もありはしたが,この分野が広く史学の世界に言わば市民権を獲得したのは,19世紀も後半に至ってのことであった.ましてわが国においては,この方面で書誌上の厳しい配慮を伴う本格的研究が緒についたのは,和算に関するものを除けば,漸く第二次世界大戦後であったと言わねばなるまい.その日本で,近く《コレクション数学史》と題するシリーズの刊行が始まろうとは,実は私の思い設けぬことであった.
 本シリーズ中に既に予定されている諸巻中には,ヨーロッパ近世の「科学革命」を担った巨人たちに関するもの以外に,それに先だつアラビア数学――その重要性にもかかわらず長らく研究が遅れていたもの――について,当代の権威者であるラーシェド氏による著作一巻の邦訳が含まれると聞くし,他方,和算に関する新しい研究も加わると聞く.本シリーズが将来ますます充実し,残念ながら欧米に比して否み得ない後進性をわが国数学史研究が早く脱却するためにも,大きな推進力となり得ることを念願したい.

エーベーハルト・クノープロッホ(ベルリン工科大学教授・ライプニッツ数学研究者)

 私は国際数学史委員会の元委員長,並びにその現執行委員会メンバーの資格で,この推薦文をしたためております.  佐々木力教授は,国際的に著名な数学史家であり,日本科学史学会の国際誌Historia Scientiarum の編集長であります.私は長年,彼を個人的に存じており,彼と前記委員会の仕事で協働してまいりました.彼は卓越した学問的業績によってどんな支援でも受けるに値する人物であると確信し,彼の編纂する《コレクション数学史》を推薦するものです.

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