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第七回東京大学南原繁記念出版賞発表 - 2017.06.28

 第7回東京大学南原繁記念出版賞が以下の2点に決定しました.

石川学 (東京大学大学院総合文化研究科特任助教)
『ジョルジュ・バタイユにおける行動の論理と文学』

濱田武志 (日本学術振興会特別研究員PD)
『漢語系諸語と系統樹──「粤語」からの視点』

 受賞した論文は,後日,東京大学出版会から書籍として刊行されます.

 
 
【『ジョルジュ・バタイユにおける行動の論理と文学』 講評】
 本論文は,ジョルジュ・バタイユの行動につながる学知を,戦前の「武器としての論理」と戦後の「防具としての論理」に腑分けした上で,考察したものである.前者はファシズムに対抗する行動に向かい,後者は戦争の悲惨さを引き受けた上で戦争を回避する行動に向かうものであった.その上で,文学という学知がどのように逆説的に行動に繋がっていくのかを明らかにする.バタイユの全体像を知る上で,今後,必読書にもなるべき労作である.
 軌道を回る惑星が互いに出会う機会は限られたものだ.バタイユが,ニーチェ,ヘーゲル,プルースト,カフカという巨大な惑星と出会うために,どれだけの時間をかけて,どれだけの挑戦を行って思考を紡いでいったことか.そのドキュマンを本論文は,端正な筆致で示している.それは同時に,本論文がバタイユに出会うために,気の遠くなるほどの観測を行って軌道を計算したということだ.しかも,その軌道は決して安定したものではなかった.モーリス・ブランショの言葉を借りるならば,バタイユは一個の墜-星desastre,すなわち災厄の時代に閃光を放つ,運命から外れた星の光芒だと思われるからだ.
 しかし,だからこそ,墜星の軌道を正確に計測しようとした本論文は,言葉の本来の意味で「状況的circonstanciel」,すなわち「その周りに立つこと」ができている.それによって,バタイユがファシズムと戦争に対して,いかに状況的であったかを示すことができた.
 ファシズムに対抗するためには,それが人々を情動から突き動かし統合する仕組みを転覆する「武器」が必要である.ただ,それは,ほとんど純粋なファシズムに見紛う,しかし決定的にそれとは異なるものでなければならない.情動,儀礼,聖性,共同体という概念を問い直しながら,自らの「武器」としてゆくバタイユのこの歩みは,ほぼ必然的に誤解され,失敗するほかない.それがバタイユの墜-星たるゆえんであるにしても,その過程は普遍的なものであって,日本における試み(たとえば鈴木大拙の霊性)にも反響を認めうるのである.
 戦後のバタイユが,来たるべき戦争を予見しつつ,やはりそれに対抗せんがために,ブランショやレヴィナスとの交叉から消尽に基づく全般的経済学を構想したり,プルーストとカフカの読解から文学のアンファンス(子どもにして語らないもの)を再び見出したりしたことは,さらにその状況性を切迫したものにしている.本論文の読解では,戦前とは異なり,バタイユはより内在的な仕方で,超越性の彼方の聖性もしくは「失われた内奥性une intimite perdue」を回復しようとしたことになる.それは,ウェーバー的なプロテスタンティズムと資本主義とは異なる,宗教性と経済へのアプローチだと言ってよい.そして文学こそがこの新たな行動を切り開くという指摘は,わたしたちが繰り返しその意味を考えさせられるものだ.
 トマス・カスリスによれば内奥性とは「親友に内奥のものを知らせること」が語源だそうである(『インティマシーあるいはインテグリティー』法政大学出版局,二〇一六年).本論文を通じて,わたしたちがバタイユの内奥性を知らせられたことを喜びたい.
 本論文に対しては,日本語著作への目配りがやや欠けるところがあるとか,読解の独創性が伝わりにくいという意見もあった.これらを踏まえて表現を見直していただければと思う.ただ,本論文は,直接的にはフランスでのバタイユ研究を多く参照しているにしても,間接的にどれだけ多くの日本の先人たちのバタイユ研究を踏まえているかは明らかである.また,もし本論文の独創性がその「状況性」にあるのだとすれば,わたしは,筆者が属している若い世代に期待する「静かな革命」のマニフェストにもなりうる優れた作品だと考える.
 以上により,本論文は,第七回東京大学南原繁記念出版賞を受賞するにふさわしい作品であると判断する.

(中島隆博/東京大学教授)

 

【『ジョルジュ・バタイユにおける行動の論理と文学』 受賞のことば】
 このたびは,第七回東京大学南原繁記念出版賞を賜り,非常な名誉に恐懼感激いたしております.ご選考くださいました先生方,東京大学出版会の皆様,関係者の皆様に,衷心より御礼申し上げます.
 私がジョルジュ・バタイユを研究対象として選んだ大きなきっかけの一つは,学部生時代,湯浅博雄先生の原典講読の授業で「ヘーゲル,死と供犠」を読んだことでした.以来,指導教員である鈴木啓二先生はじめ,湯浅先生,増田一夫先生,森山工先生,岩野卓司先生といった敬愛する先生方のご指導を享け,環境をともにする仲間たちから多くの刺激をもらいながら今まで歩んでまいりました.私自身の歩みはあまりに遅々たるものでしたが,お世話をいただいた方々に受賞のご報告がいたせますことは,まさに無上の喜びです.
 非理性的なものの探求者という,広く認知されているバタイユのイメージの一方で,非理性的なものの探求にこの作家が学知を手段として用いることに拘った,という事実により注目したいというのが,私の研究の主たる動機でした.こうした問題意識を得られたのは,はじめて原文を精読したテクストが,「ヘーゲル,死と供犠」という難解かつ精緻な論理を駆使した論文であったことが大きかったと思います.ひとは,探求という行為自体が遠ざけてしまうはずのものを探求する.そうした「失敗」を運命づけられている試みのために,正確な道筋を与えることがどれほど可能であり,不可欠なのか.ヘーゲルに関して示されている,こうした論点は,バタイユにおける社会と自己の変革をめぐる行動の論理と,文学についての理解とに,本質的な部分で通底していることに,拙論の執筆を通じて気付かされている次第です.
 拙論の最後に取り上げた,文学の不在,ないしは消滅に対するこの作家の視座は,今の私自身にとって,深刻に受け取るべき問いをなすものであり続けています.有益性を原理とする「行動」からの断罪を前にして,文学はおのれの無益さをすすんで認め,自らの消滅をも,敢えて,決然と肯うほかはないということ.そうした仕方で,自らの欠落を社会に提起することでしか,文学が表現するものを社会化する手段はないのだということ.第二次世界大戦以後のバタイユが辿り着いた,こうした見地は,「文学」を広く「人文学」として捉えるとき,重大な現代性を持つ問いを構成するのだと考えています.
 未熟なところを数多く残した論文ではございますが,皆様方のご叱正を賜りながら,今後,さらなる研鑽に努めてまいる所存です.末筆ながら,ご選考をくださいました先生方に繰り返し御礼申し上げますとともに,非力で至らぬ私にお力添えをくださっているすべての方に深謝申し上げます.

(石川 学/東京大学大学院総合文化研究科特任助教)

 
【受賞者略歴】
[略歴]1981年生まれ.2003年東京大学教養学部地域文化研究学科卒業.2005年東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻修士課程修了.2014年同博士課程修了.博士(学術).現在,東京大学大学院総合文化研究科特任助教.
[専攻]フランス文学・フランス思想

 
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【『漢語系諸語と系統樹──「粤語」からの視点』 講評】
 本論文は漢語系諸語のうち「粤語」および「桂南平話」を対象とし,生物学で用いられている分岐学(cladistics)の手法を適用して,その系統関係を推定して系統樹を描き出すとともに,「粤祖語」を再建するという野心的かつ壮大な試みである.「粤語」とは言語的に極めて多様な華南を代表する言語であり(一般的には香港などで話されているいわゆる広東語と同一視されることも多いが,香港で話されている「広東語」はより正確には香港粤語と呼ぶべきものである),桂南平話もまた粤語に近い関係にある言語とされ,両者の共通の「祖語」が派生学の手法によってくっきりと浮かび上がってくる.
 祖語の再建は,インド=ヨーロッパ語族の言語を対象として始まった比較言語学ではおなじみの作業だが,それをそのまま漢語系諸語に適用することは難しい.中国では,印欧語の場合とは異なり,地理的に連続した地域で人口移動を繰り返してきたため,言語間で言語系統とは関係のない相互の影響関係が頻繁に生じ,通常の手法では系統樹が描けなくなるからである.それゆえ漢語系諸語については,分類は盛んに行われても,系統は論じにくいという状態が続いており,この分野の研究は中国や欧米の研究者もなかなか手がつけられないでいた.
 この事態を打開するために,著者が採用したのが,分岐学である.分岐学は系統学の手法の一つで,生物のいくつかの種に共通する形質をまず定義し,それらの形質が共通の先祖から受け継がれたものという前提に立ち,分岐の系統樹を作成する.その際に形質を数値化して統計処理をし,膨大な離散数学的な計算を経て,「最節約的」な(分岐回数が最も少なくなるような)系統樹を描き出すのである.生物の系統を推定するための手法を言語の変化の歴史に応用する可能性は魅力的だが,どこまでそのようなことが可能なのか,については疑問がないわけでもなく,実際には本格的な前例はあまりないという.そこで著者は各言語における様々な音声情報の中から,系統推定に有意なものを選び出して数値化し,分岐学における形質に相当するものとして計算アルゴリズムに乗せ,ソフトウェアを用いて数学的に粤祖語と各方言との系統関係を復元したのである.
 その結果得られた系統樹は,粤語・桂南平話の歴史と方言分岐・伝播に関する新たな知見をもたらすことになった.そして粤祖語は意外に新しく,唐代後期以降のものと推定される反面,粤祖語にはより古い漢語に由来すると思われる要素も混入しているということが分かり,どうやら,華南には漢語は少なくとも二度以上にわたって伝わってきて,粤祖語が成立する以前から,華南の非漢語話者は漢語を使用していた可能性があることまで,推定されているのである.分析・論証の手順は厳密に科学的だが,ここには人間の言語のダイナミックな歴史の謎に関する,なんと壮大なロマンがあることだろうか.
 評者自身は,この結論のすべてが──説得力は十分あるとはいえ──果たして本当に正しいのか,判断する専門的知識を持ち合わせないのだが,本論文の一貫した学問的に透徹した記述と,自らの説が絶対的な最終的解決ではなく,むしろ科学的に「反証可能」な議論を提供するものであるというすがすがしい自覚を見ると,結論そのものが画期的大発見であるか否かという問題以前に,そこにまで至った粘り強い知的探索の過程そのものの価値のほうが大きいのではないかとも思う.実際,本論文には,若き学徒が既に大学一年生の時から多くのよき師を得て「暗闇の荒野に進むべき道」を切り開いてきた足跡もまたくっきりと刻印されている.フィールドワークに始まり,壁に突き当たって,「信頼し得る方法」を模索し,自然科学的な方法も究めることになり,若き頭脳は文理融合の方法を導き出した.付録として収録された全OUT(operational taxonomic unit=演算用分類学的単位,ここでは祖語に対する娘言語のこと)の形質行列の膨大な一覧表を見ると,数学の本かと一瞬見紛うほどだが,著者は最後に,自分の行っていることは先人たちの人文知の蓄積のうえに成り立っているのであって,その意味ではあくまでも人文研究の営みである,と宣言している.本論文が狭い専門的な意味での中国語学の研究にとどまらず,より広く人文学の新たな道を切り拓く可能性を持った,まだ二十八歳の若き研究者の爽やかなデビュー作であることに感動し,ここに賞を贈る.

(沼野充義/東京大学教授)

 

【『漢語系諸語と系統樹──「粤語」からの視点』 受賞のことば】
 このたびは,名誉ある第七回東京大学南原繁記念出版賞を賜り,大変光栄に存じます.選考委員の先生方ならびに東京大学出版会の皆様に,衷心より御礼申し上げます.
 学部一年の頃,橋本萬太郎の『言語類型地理論』との出会いや吉川雅之先生の御垂教を得て,中国語方言(漢語系諸語)に関心を持つようになりました.爾来,「中国語の多様性がいかにして生まれたのか」という問いを,粤えつ語(中国最南部で一大勢力を持つ中国語の一種.広東語を含む)を出発点として考え続けて参りました.拙著はその解答を示したというよりは寧ろ,どう問題に向かえばよいのかを追求したものとなりました.
 粤語の独自の言語史を論ずるには,言語学,特に比較言語学の力が必要です.しかし「粤語」という枠組みは,拙著の主題の一つである系統とは別の視点から画定されています.粤語を包括的に論ずるには,まず「粤語」という前提そのものを疑わねばなりません.
 この課題の本質は,方法論への懐疑にあります.千年の蓄積を誇る研究史そのものが,行く手を阻む恐ろしい壁に見え,何を信じたら良いのか,答えを求めて関連諸学をあてもなく彷徨いました.その探求の末に拙著がたどり着いたのが,分岐学です.分岐学は生物などの系統を推定する方法の一つです.分岐学を原理とする拙著は,ともすると理学に傾いた論考に見えるかもしれません.しかし,あらゆる論理は己の前提を疑う力を持ちません.従って結論の信頼性は,分岐学的分析の前提を提供する言語学・中国語学自身が担保せねばなりません.「何を信じられるか」を突き詰めることは「自分は何を述べ得るか」を明確にすることです.主観から逃れられない研究者自身の居場所は,知見の蓄積の上にこそあるということが,分岐学が教えてくれた最も大切なことの一つです.
 執筆中に気づいたことですが,分岐学の原理に似た発想は,実は本家の分岐学が成立するよりも早い時期に書かれた言語学の論文にも見られます.最新の技術を求めた結果かえって古典の智慧に行きつく,そんな尊い出来事に心が打ち震えたことを,印象深く覚えております.それは,人文学に携われた幸福を味わった瞬間でもあります.
 学問領域を越えた冒険に怖じないための勇気は,ほかならぬ東京大学言語学研究室の中で育んで頂きました.回り道をする自分を暖かく見守り導いてくださった指導教員の小林正人先生をはじめとする,研究室・学位論文審査委員の先生方,ご教導を賜ってきた先生方に感謝の念が尽きません.過去の推定は永遠の仮説です.仮説を磨き上げ続けることは,研究者の務めであり喜びです.この望外の栄誉を研究の支えとし,出版に向けて微力を尽くすことで,学恩に報いたく存じます.

(濱田武志/日本学術振興会特別研究員PD)

 
【受賞者略歴】
[略歴]1987年生まれ.2010年3月東京大学文学部言語文化学科卒業.2012年3月東京大学大学院人文社会系研究科修士課程修了.2016年3月同研究科博士課程修了.博士(文学).現在,日本学術振興会特別研究員PD.
[専攻]言語学・中国語学

第六回東京大学南原繁記念出版賞発表 - 2017.06.28

2015年12月2日の東京大学出版会理事会において,第6回東京大学南原繁記念出版賞が以下の1点に決定しました.

多田蔵人 (鹿児島大学法文学部人文学科准教授)
『永井荷風研究──江戸文化の受容と「小説」の創出』

受賞した論文は,後日,東京大学出版会から書籍として刊行されます.

【講評】
 日本が近代へと歩みを始めたその時,意外なことに,小説とはいかなる言葉で書かれ,いかなる物語を創出すべき文学ジャンルなのか,答えられる者は誰もいなかった.ここに,小説の言葉はいかに出来事を語るべきかとの巨大な「問い」を前に,明治以降の文学者らの奮闘が始まるゆえんがあった.
 本論文は,ともすれば,諷刺に長けた文明批評家との印象もある永井荷風を取り上げ,ことあるごとに荷風が自らを「小説家」と規定していた事実に改めて着目し,荷風の小説表現が前近代の作品群といかなる関係を持って成立していたのかを精緻に検証した,日本近代文学史の画期的な労作である.
 本論文は,(一)江戸文化への愛着を表明し,戯作者たることを自ら公言していた荷風の〈やつし〉の実態を批判的に検証するとともに,(二)荷風の小説への江戸の摂取方法はいかなるものであったのかを,明治四二(一九〇九)年発表の『狐』・『すみだ川』から,『冷笑』,『戯作者の死』,『雨瀟瀟』,『雪解』,『つゆのあとさき』,昭和一二(一九三七)年発表の『濹東綺譚』まで,八作品の具体的検討を通じて明らかにした.考察を通じて,江戸文化に韜晦して現実から逃避したという,これまでの研究史の整理とは異なった小説家の姿が改めて明らかにされ,むしろ「現代」により深く関わろうとした,より内在的な荷風像を提出することに成功している.
 本論文が特に優れているのは,以下の点である.
 第一に,古典文学への深い理解と造詣に支えられ,論文全体を貫く説得力と文章力に,他の追随を許さないものがあった.江戸以前の古典文学研究と明治以降の近代文学研究は別個になされることが多かった.そのような一般的な研究状況から離れ,多田氏は古典文学への深い研鑽を積み,表現分析と注釈的事項の提示という手堅い方法で,江戸文芸の言葉の引用が近代小説の物語の展開に与えた影響関係を鮮やかに検証してみせた.例を挙げれば,第一章『狐』論において,『狐』の登場人物の一人の台詞から,狐をめぐる伝承へと筆が運ばれ,馬琴『敵討裏見葛葉』の該当部分が的確無比に引照されるのを目にする時,ひとは読むことの喜びを感ぜざるをえないだろう.そのうえで,荷風による江戸の引用の意義は,「小説が伝承の言葉から自由になることは可能か」との問いにほかならなかった,との独創的な結論が導かれる.
 第二に,荷風が小説表現のなかに江戸を受容した際の態度と方法を検証するにあたって多田氏は,作品の置かれた時代状況や作品を支えたであろう資料を正確におさえていく方法をとった.その視角と方法の妙が本論文を豊かな創見溢れるものにしている.例を挙げよう.江戸の戯作者・柳亭種彦に材をとった『戯作者の死』を論じた第四章において,荷風が依拠した資料につき,角田音吉『水野越前守』と宮武外骨『筆禍史』だとまずは比定する.そのうえで多田氏は,『戯作者の死』を戯作弾圧の実情を描いた小説ではなく,戯作を禁じられた戯作者が余儀なくされる曖昧な態度やそこに生まれた幻想的な想念の世界を描いたものと位置づける.依拠資料と小説の差異を正確にはかることで初めて,荷風が,状況に対して態度を決し得ない戯作者の無力な姿勢や頽廃的な幻想の言葉そのものに,告発や諷刺にもまさる意味を見出していたことを明らかにした.荷風は江戸文芸に耽溺していたのではなく,自覚的に距離をとり,江戸を近代小説の世界に援引した.多田氏は,小説の言葉が検閲と弾圧に直面した時代における荷風の解答をここに読み込む.
 このように本論文は,荷風の江戸文化受容が,極めて先鋭的な新しい「小説」創出という営為であったと論じ,これまで体系的な荷風研究を欠いてきた研究状況を大きく進展させたといえる.
 以上により,本論文は,第六回東京大学南原繁記念出版賞の受賞にふさわしい作品であると判断する.

加藤陽子(東京大学教授)

 

【受賞のことば】
 この度は,栄えある第六回東京大学南原繁記念出版賞を賜りまして,まことにありがとうございます.選考委員の先生方,並びに東京大学出版会の皆様に,厚く御礼申し上げます.
 卒業論文の対象に永井荷風を選んだのは,平成十六年の秋,安藤宏先生の演習で『花火』を読んだ時でした.友人の発表を聞いた後に図書館で『雨瀟瀟』を読み,以来気づけば十年ほど,荷風の言葉と付き合って参りました.神保町の古書街で荷風全集を買った日の,何かに引きずられてゆくような高揚感など,若干の気恥ずかしさとともに思い起こされます.
 荷風の言葉の魅力を何とか解き明かしたいと思って繰り返してきたのは,作品に引用された文章や典拠となった文章を探して読み,言葉と物語の類例を調べ,各々の文章を作品と比較する,という単調な作業でした.古めかしいやりかたではあるものの,結果として,荷風の言葉をじっくりと眺めることには適した方法だったのかもしれないと思います.一見隠者のように孤独にふるまっている荷風の言葉のかげに,繊細な選択や他の文章との繋がりが見えてくる体験は,他の何物にも代えがたいものでした.少なくとも頭の回転が遅く結論を出すことが苦手な私の場合,こうした体験がなければ一人の作家を読みつづけることは覚束なかったように思います.
 こうした作業の経過報告を積み重ねる形で,拙論では,江戸受容によってもたらされた荷風の文体と物語の多面性が,近代小説における表現の不可能と孤独の問題を逆説的に提示している,と論じています.これについては今後いただく選評やご意見をもとに書き直した上,いずれ出版される小著にて御批評を仰ぐこととしたく存じます.
 先生方をはじめ,大学,職場,研究会,図書館,古書街,そして荷風と関わる町々で薫陶を受けた皆様に良いご報告を差し上げられることが,今,もっとも大きな喜びです.荷風の文業に対するに,あまりに小さな論文ではありますが,これからも荷風を読み続けてゆくための里程標とすることができれば,と考えております.当賞への応募後に得た知見を含めて,あらためて出版のご報告を差し上げられるよう,励んで参りたく存じます.

多田蔵人(鹿児島大学准教授)

 

【受賞者略歴】
多田蔵人
1983年7月生まれ,2006年東京大学文学部言語文化学科卒業.2008年東京大学大学院人文社会系研究科修士課程修了.2014年3月同研究科博士課程修了.博士(文学).現在,鹿児島大学法文学部人文学科准教授.

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次回の論文募集のご案内,ならびに過去の受賞作品についてはこちらをご覧ください.
http://www.utp.or.jp/topics/nmbrp_ren/

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関連書籍はこちら

第五回東京大学南原繁記念出版賞発表 - 2017.06.28

2014年12月3日の東京大学出版会理事会において,第5回東京大学南原繁記念出版賞が以下の1点に決定しました.

高山大毅 (東京大学大学院人文社会系研究科研究員)
『近世日本の「礼楽」と「修辞」――荻生徂徠以後の「接人」の制度構想』

受賞した論文は,後日,東京大学出版会から書籍として刊行されます.

【講評】
 本論文は,荻生徂徠(寛文六/一六六六年~享保一三/一七二八年)出現以降の近世日本における,人と人とが,「礼楽」と「修辞」を通じて,正しく,良く,そして美しく「接(まじわ)」るための制度の構想とその実践について,思想史的かつ文化史的に,鋭利な考察を加えた研究である.主な対象は,荻生徂徠,およびその影響を受けつつも独自に思索した儒学者・国学者たちである.
 現代という「くるわ」や,中国儒学史・文学史あるいはヨーロッパ思想史・文学史という「標準」に囚われた眼から見る時,近世日本の多彩にして活発な知的活動は,往々,奇妙にも,瑣末にも,そして浮薄にさえ見える.しかし,それは,筆者の卓抜な比喩を援用するならば,時には同じ道具を用いながらも実は別の競技を行っているという事実を無視し,同じ競技をしていると勝手に見做して評価しているにすぎない.徳川日本の「競技者」たちには彼等なりの「競技規則」があったのであり,それを無視して彼等の活動を理解することはできない.本論文は,そのことを明確に意識し,あくまで彼等の立場から彼等の営為を理解しようと試み,その結果を,明快にして達意の文章で記述したものである.
 本論文の特に優れた点は,以下の通りである.
 第一に,その新しい視角である.まず,筆者は,「「政治」の発見」「「文学」の自立」「個性の重視」等の「近代」の「萌芽」を,徳川の世に見出そうなどとはしない.自明視した「近代」なるものに(善かれ悪しかれ)つながる「源流」を発見しようなどともしない.また,筆者は,単純に中国儒学に照らして,日本儒学の「独自性」や「特殊性」を高踏的に論じたりもしない.そうではなく,徂徠および彼以後,「礼楽」の構築と「修辞」の洗練によって,よき秩序を維持し,温雅な交際を実現しようという様々な模索が(中国の儒学・文学・文化をも利用しつつ)なされていたという,これまで総合して扱われたことの無い事実に着目し,その内容と変遷を詳細に明らかにしようとしたのである.
 第二に,新しい対象の選択である.新しい視角を採用した結果,従来ほとんど無視されてきた人物や著作が筆者の視野に入ったようである.現に筆者は,様々な図書館・文書館・古書店に眠っていた,従来活用されていない史料も,多数,用いている.その史料の博捜ぶりは瞠目すべきものである.また,徂徠学派の展開を論じる時,水足博泉の「器」論や田中江南の「投壺」論は普通注目されない.「遅れてきた「古学」者」として會沢正志齋を扱うことも通常ない.また,「直言」批判として,徂徠から賀茂真淵・本居宣長・富士谷御杖までをくくって論じることもまずない.しかし,筆者は,敢えてそれを試み,彼等について説得力をもって叙述している.
 第三に,以上の結果として得られた新しい知見の数々である.とりわけ,天皇の祭祀に関する會沢正志齋の議論が徂徠の文章の断片に依拠しているという発見は,従来,正志齋の議論の分析のみから推定されていた徂徠と正志齋との関係について,史料による実証をもたらしたものである.そして,これらの知見によって立ち現れてくる思想と文学の流れは,新鮮な意外性に満ちている.しかも,筆者は,いかに人と「接」わるかが,実は我々自身の問題でもあることをも,周到に論じている.すなわち,筆者は,現代にあぐらをかいた傲慢な審判者にならないばかりか,現代から逃亡して「江戸趣味」に淫することもしないのである.
 本論文には,太宰春台・服部南郭等の徂徠学派の代表とされる人物への言及が少ないという物足りなさはある.表記の詰めが甘いなどの欠点もある.その意味で,公刊までになお改良の余地はある.しかし,全体として,これは,近世日本の思想史・文学史・文化史研究の奥行きを深めた優れた作品であると言うべきである.
 以上により,本論文は,第五回東京大学南原繁記念出版賞を授賞するにふさわしいと判断する. 

渡辺 浩(法政大学教授・東京大学名誉教授)

 

【受賞のことば】
 このたびは,拙稿「近世日本の「礼楽」と「修辞」――荻生徂徠以後の「接人」の制度構想」に対して,第五回東京大学南原繁記念出版賞という名誉ある賞を賜り,誠に光栄に存じます.東京大学出版会及び選考委員の皆様に心より御礼申し上げます.
 拙論は,「接人」――人づきあい――の領域に制度を設け,操作を施そうとした江戸期の学問の潮流を考察したものです.もっとも,この「「接人」の制度構想」という視点は後から浮かび上がってきたもので,研究を終始導いていたのは,荻生徂徠を始めとする近世日本の学者の汲めども尽きぬ魅力でした.
 『蘭東事始(蘭学事始)』によれば,前野良澤が,蘭学に志したきっかけは,「人といふ者は世に廃(すた)れんと思ふ芸能は学び置て,末々までも絶へざる様にし,当時(現代の意)人のすてはててせぬ事になりしをば,これを為して世の為(ため)に後に其の事の残る様にすべし」という伯父の教えだったそうです.「実に我が心を獲た(実獲我心)」好きな言葉です.今日,「人のすてはて」たに等しい,江戸期の興味深い議論に出会うと,「使命感」というより,「義侠心」に近い感情に駆られ,資料調査と分析に取り組みました.拙論が,水足博泉や田中江南,富士谷御杖といった人物に多くの紙幅を割いているのはこのためです.同時代に生まれたならば,敬して遠ざけたくなるような一癖も二癖もある人物たちですが,その思考は鋭く,鮮やかです.彼らを思想史・文学史上の「畸人」として扱うのではなく,彼らの議論によって,江戸期の学問の重要な流れを照射することを研究の目標としました.その試みの成否については,出版の後に,大方の君子の是非にあずかれると幸いに存じます.
 拙稿の第一部は思想史研究,第二部は文学研究に属する内容となっています.研究の出発点である荻生徂徠は大思想家であると同時に文豪でもあったので,江戸期の学問の全体像を理解するためには,「思想史」や「文学」といった枠組に拘泥してはならないと早い段階から意識していました.幸運なことに,寛容で学識に富んだ師友に恵まれ,学問領域の壁を感じることなく,授業や研究会で多くの方から指導や助言を受けることができました.このような風通しの良い研究環境は,この二,三十年来,東アジア諸地域を専門とする思想史研究者が活発な交流を行なってきたことを土台としています.先達の努力の蓄積に深く感謝しています.
 脱稿から時間が経ち,加筆修正すべき点が那辺にあるのかが以前より明瞭に見えてきました.選考委員の先生方から頂いた貴重な御意見を参考に,刊行にむけて推敲を重ねていきたいと思います.

【受賞者略歴】
高山大毅
1981年生まれ,2004年東京大学教養学部超域文化科学科卒業.2007年東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了.2013年同大学院人文社会系研究科博士課程修了,博士(文学).現在,東京大学大学院人文社会系研究科研究員.

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次回の論文募集のご案内,ならびに過去の受賞作品についてはこちらをご覧ください.
http://www.utp.or.jp/topics/nmbrp_ren/

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関連書籍はこちら

第四回東京大学南原繁記念出版賞発表 - 2017.06.28

 2013年12月3日の東京大学出版会理事会において,第4回東京大学南原繁記念出版賞が以下の1点に決定しました.

 

小林延人 (日本学術振興会特別研究員PD)
『明治維新期の貨幣経済』

 

 受賞した論文は,後日,東京大学出版会から書籍として刊行されます.

 
 
【講評】
 本論文は,明治維新期における,全国および各地域における貨幣体系の変動とそれに伴う経済活動の変化について,多様な原資料の丹念な解析に基づいて,多くの新たな知見をもたらした,日本貨幣史・経済史の画期的な労作である.
 本論文は,(一)明治維新期において,日本国内の各地域において貨幣体系が具体的にどのように変動していったのか,またそれが維新政府の政策とどのように関連していたのか,(二)近世に蓄積されてきた商人たちの財と技法とが,幕末維新の変革期にいかに対応していったのか,(三)維新後の改革と変動に地域経済はどう対応したのか,といった大きな問題に,具体的な事例分析による解答を与えている.その結果,今も残存する,いくつもの単純な通念(例えば,「大名貸に依存した商人たちは維新変革に対応しえずに衰滅していった.」「太政官札は一般に流通しえず,維新期の経済は停滞した.」「幕末維新期の藩札の濫発によって地域経済は混乱を極めた.」)は,さらに重大な修正を迫られることになったといえよう.
 本論文の特に優れた点は,以下の通りである.
 第一に,その高度な実証性である.本論文は,大坂・日田・上田・名古屋・龍野などに残された諸地域の様々な文書を丹念に解析し,一見無味乾燥な帳簿の数字の連続の中からも,興味津々たる新たな事実を明らかにすることに成功している.例えば,大坂の銭屋佐兵衛家は,大名貸に大きな比重を置いた経営にもかかわらず,巧みな経営手法や幕末に始めた高知藩との商品作物を担保とする取引などによって,変革期を切り抜け,近代的銀行へと転身していった.それは,外資導入を排除しつつ非欧米で最初の産業革命を実現した日本経済の歴史的背景を示唆するものである.
 第二に,その分析の切れ味の鋭さである.例えば,著者は,黒田明伸氏の「地域間決済通貨」と「現地通貨」との区別に着想を得て,ある貨幣の通用力を単純に一般的に議論するのではなく,それがどのような決済においては有用で,どのような決済には不適なのかを明らかにし,その結果,性質の異なる貨幣が,同時期に,それぞれに選好され,使用される場面があったことを実証した.例えば,太政官札は,日本国内の地域間決済においては便利であり,実際に使用されたが,地域内の少額取引には不便であり,むしろ藩札が商人・農民の側から求められることがあったというのである.それぞれに事情のある個別の地域において,個々の経済主体が,その場その場で利益と利便を追求することが,一見矛盾するような多様な貨幣流通状況を生んでいく様相の,具体的史料に基づく叙述は,実に鮮やかである.
 第三に,その研究史上の確実な位置取りである.本論文は,戦前以来の膨大な先行研究を周到に踏まえている.しかも,それらが見過ごし,あるいは見落とした点を率直に指摘している.そして,先行研究の欠を着実に補う史料探索と分析とを行い,説得力のある結論を導出している.それ故に,本論文は,今後の維新期の日本貨幣史・経済史のさらなる研究を導き,その方向性を示す可能性を十分に有している.
 以上により,本論文は,第四回東京大学南原繁記念出版賞の受賞にふさわしい作品であると判断する.

(渡辺 浩/法政大学教授・東京大学名誉教授)

 

【受賞のことば】
小林延人

 このたびは拙論を第4回東京大学南原繁記念出版賞に選んでくださり,誠にありがとうございます.まずは当賞の選定にあたられた選考委員会および外部審査の皆様に深くお礼申し上げます.
 私が「明治維新期の貨幣経済」を研究として扱うようになったのは,学部3年の時に太政官札という紙幣に関するレポートを,指導教員のゼミで提出したことに由来します.課題は,明治大正期の刊行物を用いてレポートを書けというもので,政治史でも経済史でも思想史でもかまいませんでした.私は日本史学研究室の図書室にこもり,一番古そうな装丁の本を選ぶことにしました.いちいち本を取り出し,奥書を確認するより,背表紙が古ければ刊行も古いだろうと当時の私は髙をくくったわけです.そこで出会ったのが,和紙に墨で筆写され函にしまわれた『世外侯事歴 維新財政談』という書籍です.「世外侯」すなわち井上馨に関する事歴を渋沢栄一ら関係者が回想しているのですが,冒頭から太政官札に関する叙述にかなりの紙幅が費やされていました.太政官札について何も知らなかった私でも,太政官札発行は維新期の変革の中で初発の重要な政策であったということが理解できました.指導教員も太政官札は卒業論文のテーマになると言ってくださり,太政官札の流通経路を分析する論文を執筆しました.
 以後「明治維新期の貨幣経済」について研究を積み重ねていく中で,貨幣発行の政策論よりも貨幣流通の実態把握に分析の主眼が移りましたが,幕末維新期の変革の中で特定の貨幣がどのように流通したかあるいは流通しなかったか,その考察を通じて貨幣流通のメカニズムを自分なりに解き明かしたいという関心は変わっておりません.維新期は日本史上最も多くの種類の貨幣が発行された時期ですが,それをもって人々が混乱し経済活動も停滞したと結論づけるのではなく,同時代の人々が多様な貨幣をどのように使い分けていたのか,それを経済活動に即して捉え直そうと試みたのが本稿です.貨幣体系の構造的変容と持続的な経済成長という一見相矛盾する二つの側面が維新期に立ち表れる姿を,いずれ出る拙論にてご確認いただければ幸いです.
 とはいえ,当賞への応募後も,様々な場所で報告する機会をいただき,多くの方々から問題点を御指摘いただきました.それらを踏まえ,もう一段階ブラッシュアップして刊行に漕ぎつけたいと思います.

 
【受賞者略歴】
小林延人
1983年生まれ.2005年東京大学文学部歴史文化学科卒業.2007年東京大学大学院人文社会系研究科修士課程修了.2011年同上博士課程修了.博士(文学).現在,日本学術振興会特別研究員PD.

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第三回東京大学南原繁記念出版賞発表 - 2017.06.28

2012年12月4日の東京大学出版会理事会において,第3回東京大学南原繁記念出版賞が以下の2点に決定しました.

藤岡俊博 (日本学術振興会特別研究員PD)
『エマニュエル・レヴィナスと「場所」の倫理』

本田晃子 (北海道大学スラブ研究センター非常勤研究員)
『天体建築論――イワン・レオニドフと紙上の建築プロジェクト』

 受賞した論文は,後日,東京大学出版会から書籍として刊行されます.
藤岡俊博『レヴィナスと「場所」の倫理』本田晃子『天体建築論』として2014年3月にそれぞれ刊行されました.

 
 
【『エマニュエル・レヴィナスと「場所」の倫理』 講評】
 本論考は,エマニュエル・レヴィナスの思考を,「場所」という概念を導きの糸としながら,思想史的に研究したものである.思想史的にと言うのは,レヴィナスの思考をその初期から晩年に至るまでクロノロジカルに論じるという意味と,それを哲学・文学・精神分析・ユダヤ教学の文脈に置き,それらとの軋みやキアスムを論じるという意味の両方を有している.その際,著者はレヴィナスの東洋ユダヤ師範学校で教鞭を執っていたテクストを含むあらゆるテクストを博捜し,さらにフランス語を中心としたレヴィナス研究を数多く参照することによって,その論述に厚みと説得力を持たせることに成功している.
 著者の二つの意味での思想史的研究にとって,最も重要な参照項はマルティン・ハイデガーである.その思考に潜む「場所」への執着を異郷として批判し,他者に向かう「非場所」の倫理をレヴィナスがどう考えていったのかが丁寧に論じられる.それは,単純な「場所」から「非場所」への移行ではない.レヴィナス自身,ハイデガーとは異なる仕方で「場所」を構築し,それを他者を迎え入れる主体性やその住処である「家」として思考した上で,それを「非場所」に語り直していく道行きである.著者はこの道行きを,それを支える諸概念に十分な目配りを行いながら丹念に辿っており,間然するところがない.その上で著者は,レヴィナスの思考が最も軋む地点である,国家という「場所」を論じる.「非場所」の倫理を維持したまま,レヴィナスはイスラエル国家を正義の「場所」として論じる.著者はこの困難を「場所あるいは非場所」もしくは「場所かつ非場所」として考えることを提案し,論考をいい意味で問いに開いたまま終えている.
 おそらく合田正人『レヴィナスの思想-希望の揺籃-』(弘文堂,1988年)の後,それが切り開いた問題系を十分尊重しながらレヴィナスについて論じるには,本論考のような文献の博捜と議論の整理がどうしても必要であるだろう.ただ,その上で著者自身の哲学的に踏み込んだ思索がさらに展開されるならば,レヴィナスの思想史的研究にとどまらない意義を本論考は有したのではないかと思われる.とりわけ,「場所」と「非場所」の錯綜が政治と倫理の錯綜でもあるとすれば,倫理を第一哲学とするレヴィナスにとっての政治とは何であるのかとともに,そもそも今日レヴィナスを通じながら問われる政治と倫理の関係をどう考えていけばよいのかを論じることは重要である.あるいはまた,国家としてのイスラエルに関しても,レヴィナスが「メシア的国家におけるダヴィデの国家の完成」(「カエサルの国とダヴィデの国」)と語っていることを踏まえるなら,レヴィナスのメシアニズムの核心に国家が入り込んでいる意味とともに,現代思想におけるメシアニズムの議論の射程を問い直すこともできるだろう.
 しかし,これらはいずれも望蜀であり,本論考の価値を減ずるものではない.なお付け加えておくと,本論考の中で著者のパッションを最も受け取ることができたのは,第IV部で書かれた,レヴィナスと文学者すなわちパウル・ツェランやエドモンド・ジャベスとの対話である.筆者が浮かび上がらせた,ジャベスに与えたレヴィナスの問い,「真の詩人が一つの場所を占めるというのは本当だろうか」にどう答えるのか.読者であるわたしたちもまた問われている.

(中島隆博/東京大学東洋文化研究所准教授)

 

【『エマニュエル・レヴィナスと「場所」の倫理』 受賞のことば】
藤岡俊博

 このたびは拙論『エマニュエル・レヴィナスと「場所」の倫理』に第3回東京大学南原繁記念出版賞を賜り,ありがとうございます.一人の現代哲学者の,しかもすでによく知られている人物の思想を扱ったモノグラフ的な論文にこのような評価をいただけたのは望外の喜びであり,ご査読いただいた先生方をはじめ関係者の皆様に心よりお礼を申し上げます.
 フランス語のフの字も知らず,偏愛していた安部公房のほかに碌な読書経験もなかった私が,大学入学後にたまたまレヴィナスに惹き付けられたのは,彼の難解な思想ではなく単にその難解さが理由でした.それでも少しは分かったと思えるまではと,卒業論文以来そのつど個別のテーマを設定しながら研究を続けてきました.フランスへの留学の前後からレヴィナスの思想における「場所」の問題が気になりはじめ,それを博士論文の主題に選んだとき,さまざまな仕方での故郷喪失の経験を描いた安部公房の作品群がふと頭に浮かび,自分にとって大切な問いは年月や紆余曲折を経ても回帰してくるのだなと不思議な気持ちになったのを覚えています.もっとも,いまにして思えば安部公房には「内なる辺境」というユダヤ人をめぐるエッセイや,他者の闖入を見事に戯曲化した「友達」,さらには『他人の顔』(!)というそのものずばりのレヴィナス的題名をもつ小説もあったのですが.
 レヴィナスと言うと,「汝殺すなかれ」と迫ってくる他者の「顔」の概念で有名な倫理思想家というイメージが一般的ですが,レヴィナスは他者なるものを一足飛びに提示したわけではありません.主著『全体性と無限』の冒頭に見られるように,他者へ向かう運動は風土,景観,国といった広い意味での「場所」の彼方を目指すものとしてはじめて語られるのであり,拙論が描こうと努めたのはレヴィナスが「場所」を出発点として他者を俎上に載せるに至る理論的な道筋です.20世紀初頭から人文社会科学の多様な潮流が「環境世界」の主題に注目していたこと,若きレヴィナスがストラスブール大学の学際的な雰囲気のなかで学んだことなどが拙論の発想の事実的な補強となっていますが,この主題に着目することでイスラエルをめぐるレヴィナスの議論の思想的意味を明らかにしたいという意図もありました.
 論じ切ることのできなった問題も多々残っていますし,そもそも,読み直すたびに新たな発見や驚きがあるのが哲学書のなによりの魅力ですので,拙論へのご叱正を糧にしながらあらためて勉強を続けていきたいと考えています.このたびは誠にありがとうございました.

 
【受賞者略歴】
[略歴]1979年生まれ.2003年東京大学教養学部地域文化研究学科卒業.2005年東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了(地域文化研究専攻).2012年同博士課程修了.博士(学術).現在,日本学術振興会特別研究員.
[専攻]フランス哲学,ヨーロッパ思想史

 
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【『天体建築論』 講評】
 「ロシア・アヴァンギャルド」と呼ばれる現象は,革命前後のユートピアを希求する機運が横溢するロシアで噴出するように現れ,美術や詩や演劇を筆頭に,音楽,映画,デザインなど,芸術や文化のほとんどすべての領域で連動しながら展開した,歴史上前例がない大規模な複合的芸術運動だった.スターリン時代のソ連では抑圧され,一時的に後景に追いやられたとはいえ,20世紀後半になって世界的に注目を浴び,日本でもすでに多くの紹介や研究がなされてきた.
 しかし,そのロシア・アヴァンギャルドの中で,建築の分野は一種のミッシング・リンクであったと言えるだろう.日本では建築家・建築史家である八束はじめ氏による画期的で浩瀚な先駆的研究があるとはいえ,ロシア語の一次資料を渉猟し,アヴァンギャルドから社会主義リアリズムへという容易には説明しがたい複雑な流れに即した形でソ連の建築を包括的に論じたものは,本論文が初めてであろう.
 本田晃子氏が本論文で取り上げたのは,イワン・レオニドフという一人の建築家である.レオニドフはロシア構成主義の建築を代表する輝かしい才能の持ち主として認められながらも,その独創的な建築案はほとんどすべて「紙上建築」(ペーパー・アーキテクチャー)に終わり,生涯を通じて実現された建築物はほとんどなく,晩年は世に忘れられ失意のうちに世を去った.しかし,本田氏は「紙上建築」の意味と可能性に新たな光を当て,実際に建てられた建築作品に対して,それが決して二次的なものではなく,むしろ実現した建築物に対抗するもう一つのヴィジョンを提示する独創的な作品として積極的に評価する.これが本論文の特筆すべき独創性の第一である.「実現したもの」に対して,いまだ実現せざる可能性に創造の本質を見ることは,まさに20世紀ソ連の革命的な前衛芸術の根本的な志向性であり,その意味では「紙上建築」とはアヴァンギャルド精神をもっとも純粋に体現したものだった.
 第二に,建築を論ずるにあたって,本論文はじつにしなやかに同時代の隣接する様々な芸術・メディアを視野に入れ,レオニドフの創作の展開を,写真,映画,演劇,博覧会といった媒体やジャンルとの緊密な関係のうちに描き出した.つまり,本田氏は建築を決して孤立して閉ざされたものとして取り扱わず,その結果,本論文自体が文化史的に風通しのいい開かれたものになっている.
 第三に,本論文は建築家の前半生の輝かしいアヴァンギャルド時代だけでなく,その後にスターリン時代の様式が確立し,すべての芸術が社会主義リアリズムという規範に縛られるようになった時代までを視野にいれて,アヴァンギャルドから社会主義リアリズムへの移行の問題を,レオニドフの建築家としてのヴィジョンに即して掘り下げることに成功した.
 こういった独創的なアプローチを通じて,本書はレオニドフという天才がソ連社会の歴史的変動を背景にしながらも貫き続けた対抗のヴィジョンを明らかにしている.資料の博捜と,鋭い分析と,通説を覆す鮮やかな論証の数々――それらがあいまって,本論文を国際的にも類例がない高い水準のものにしている.理論的にはかなり複雑な問題を扱いながらも,その文体は常に爽やかに明晰であり,収録された数多くの貴重な図版とあいまって,専門を異にする広範な読者に快い驚きと知的刺激を与えるに違いない.学術的にシャープであるだけでなく芸術的にも豊かな,南原繁賞に相応しいブリリアントな著作である.

(沼野充義/東京大学大学院人文社会系研究科教授)

 

【『天体建築論』 受賞のことば】
本田晃子

 紙上建築は設計図とは異なり,建築を名乗りながらも建設されることを目的とせず,むしろその建てられなさを通して既存の建築や都市,さらにはそれらによって構成された共同体までをも挑発する.そのようないわば自己否定としての建築に魅せられてから,はや十余年が過ぎた.きっかけとなったのは,ロシア・アヴァンギャルド建築の代表者として時代の表舞台に登場しながらも,ほぼ実作を持たないまま生涯を終えた,まさしく紙上の建築家と呼ぶべきイワン・レオニドフとの出会いだった.さらにいえば,彼の活動したソ連邦の1920年代から50年代という,無数の未完の建築プロジェクトからなる時代そのものの,建てられた建築からなる世界を裏返しにしてしまうような刺激が,拙論を執筆する原動力となった.
 逆説的に響くが,このようないわば紙上建築の時代の背後にあったのが,新しい空間の建設が新しい生活様式,新しい人間心理,新しい共同体そのものの建設につながるという,当時の過剰ともいうべき建築熱である.建築の合理化を唱える一方で,レオニドフの眼差しもまた,具体的な建設行為を超えた,新たな世界観そのものの構築へと向けられていた.けれども建築に対するユートピア的なまでの期待は,否応なく設計図と紙上建築の境界を不分明にしていった.レオニドフとは,現在の生の上に来たるべき未来の建築-共同体像が投影され,可能態と現勢態が深く錯綜した時代を,まさに体現した建築家だったといえるのである.
 しかしそのユニークさにもかかわらず,彼の一切のディテールや説明を省略したドローイング,創作環境に関わる情報の欠如,そして建築家自身の(あるいは政治的に強いられた)沈黙が,レオニドフを論じる上での大きな障壁となってきた.アヴァンギャルドの名誉回復後も,今度は逆に悲劇の夢想家へと神話化され,レオニドフの作品を批評的に再読する試みは,現在に至るまで驚くほど少ない.拙論もまた,レオニドフをとりまくそのような幾重もの沈黙との格闘だった.この“語らない”建築家について,いかに語りうるか.もっといえば,この沈黙の建築をいかに言葉によって説明しうるか.未だ論じ尽くせたなどとは到底言えない段階だが,今回このような名誉ある賞を頂けたことが,今後の研究の上で大変な励みとなることは間違いない.存在しない建築から建築史を語るという,ある意味無謀ともいえる試みを評価していただき,そして何よりこのような形でレオニドフの思想と作品を紹介する機会を与えて下さったことを,選考に関わられた先生方には深く感謝申し上げたい.

 
【受賞者略歴】
[略歴]1979年生まれ.2002年早稲田大学教育学部教育学科教育学専攻卒業.2005年東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了.2009年同研究科博士課程修了.博士(学術).現在,北海道大学スラブ研究センター非常勤研究員.
[専攻]ソ連建築史,アヴァンギャルド芸術,全体主義芸術

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第二回東京大学南原繁記念出版賞発表 - 2017.06.28

2011年12月9日の東京大学出版会理事会において,第2回東京大学南原繁記念出版賞が以下の1点に決定しました.

福岡万里子  (日本学術振興会特別研究員)
『プロイセン東アジア遠征と幕末外交』

 受賞した論文は,後日,東京大学出版会から書籍として刊行されます.
 →2013年3月に『プロイセン東アジア遠征と幕末外交』として刊行されました

 
【講評】
 本論文は,1860年に日本を訪れたプロイセン使節オイレンブルグと日本との通商条約締結交渉過程を,プロイセン,日本双方の外交文書や,関連する英語やオランダ語の資料も駆使して分析したものである.本論文の意義は,従来,二国間関係史として論じられることの多かった幕末の日本外交史を,プロイセンを軸に置きつつも,オランダ,アメリカ,イギリスなどの動きや,中国の条約秩序の変遷やシャムの動向など,東アジア国際関係史における多角的な競合・対立・協調関係として論じたことであり,こうした重層的な議論を可能にマルチアーキヴァルな手法の優位性を明示したことである.
 こうした特徴が生きた本論文の注目すべき成果としては,次のような点を指摘できる.
 (1) プロイセンの遠征の契機となった,東アジアの条約秩序の転換を指摘した.アヘン戦争以来存在していた,ある国が獲得した権利は他の国にも付与されるという諸外国民平等参加型の条約秩序が,1854年の日米和親条約,58年の天津条約,安政五カ国条約を経て変質し,条約は厳密に二国間のものとして締結されるようになった.こうした状況のもとで,プロイセンは,英・米・仏などの先進海運諸国との対等性を獲得するためにも,シャム,中国,日本との個別条約の締結をめざした.
 (2) 安政五カ国条約以後の幕府の外交政策が,積極開国路線から,通商国を基本的に五カ国に限定し,その他の諸外国には当面「鎖国」を維持する政策へと転換したことを,明確に描き出した.幕府にとっては,駐日外交団の支援を受けたプロイセン使節団の条約締結要求は,同国との新規締約のみならず,対外関係の全面的改変を余儀なくされる課題であり,容易に応ずるわけにはいかないものだった.
 (3) この状況が打開され,日本とプロイセンの条約が締結されるには,開港開市問題をめぐる米国やイギリスの動きが重要な意味をもったことを解明した.プロイセン使節団は,当時の幕府が五カ国条約で約束した大阪・兵庫などの開港を延期しようと努めていたことを知り,米国弁理公使ハリスの仲介によって,開港の延期が規定された条約をプロイセンと結べば,各国との開港延期交渉で有利になるという話を幕府にもちかけた.英国公使オールコックも,これが開港延期の手がかりになるとしたので,日孛条約締結に道が開かれた.幕府はこの条約をもって新規締約を停止することをハリスから諸外国に伝える約束も得,通商締約国の限定とその可及的維持という外交方針を維持することができた.
 (4) 通商開始後の日本の開港地における非条約締結国民の貿易活動と幕府による扱いを,ドイツ系商人の事例に即して検討し,開港地には非条約締結国民が居留しつづけたが,幕府はその貿易活動を問題視し,追放を是とする方針を維持したことを解明した.
 以上のように本論文は堂々たる19世紀半ばの東アジア国際関係史であり,プロイセンに代表される新興資本主義勢力の世界進出が生み出す国際的問題を日本に即して浮き彫りにした,グローバルヒストリーとしても通用する作品である.

(古田元夫/東京大学大学院総合文化研究科教授)

 

【受賞のことば】
福岡万里子

 学部時代,私は東京大学教養学部の交換留学制度により,ドイツのミュンヘン大学へ一年間留学した.当時,私は歴史学の方法論への興味から,ドイツの歴史社会学に惹きつけられ,それ故同地では社会学の講義やゼミに出席した.そのうちの「社会学概説」のゼミでは,学期末の課題として,たまたま「近代化論」について「ゼミ論文」を書くことになった.その準備のため担当教官と面接したところ,私は教官から,意表を突く提案を受けた.それは「日本の近代化について論文を書いてはいかがですか?」という提案で,当座のところ,私はこれに応えることができず,忸怩たる思いがした.その後,私が日本に関する研究へと大きく方向転換したのは,これを一つのきっかけとしている(ちなみにそのゼミ論文は結局,戦後ドイツの近代化論について執筆することにし,終章に,その妥当性を日本と比較し検討する考察を組み込んで提出した).
 帰国後は,ドイツ語史料を活用して日本(特に日本近代史)を研究しようと思い定め,留学前からお世話になっていたドイツ研究分野の恩師に相談した.そうして出会ったのが,「プロイセン東アジア遠征」というテーマである.最初に採ったのは,幕末期の日独関係という視角からこの素材を扱うというアプローチであった.しかしこれがどうも,実際の歴史過程の小さな一側面を恣意的に切り取ってくるのにも似た問題設定で,やりにくい.折しも,その頃出会った日本史分野の恩師が,「どんな二国間関係も,国際関係の中でしか存在しない!」と喝破された.同じ頃,ドイツ語ができるのならということでやはり勧められて,オランダ語も始めた.こうして徐々に,今回の拙稿での研究手法に近づいていった.最終的に,マルチ・アーカイヴァルな手法に基づく幕末外交史・東アジア国際関係史研究,という方向が決定的になったのは,そうした手法及び視角をとらないと,扱うひとつひとつの史料や事象が十分に理解できなかったからである.例えば拙稿で考察した日本=プロイセン条約の締結に至る過程は,日・独・英・米の史料を参照し,かつこの過程を幕末外交史の文脈に位置づけないと,「なぜ幕府がこの時期に条約を締結したのか」という肝心な点が,どうしても理解し得なかった.また,これら条約関係史料を含め,研究の過程で遭遇した様々な史料は,「日本史」や「ドイツ史」といった枠に収まりきらない,極めてヘテロな情報に溢れていた.それらを汲み取り,解釈しようと苦心しているうちに,気が付いてみると,自分の研究は,東アジアの国際関係史やグローバルな歴史過程をも扱うことになっていた.
 それが今回,いつの間にか賞まで頂くことになった.身に余る光栄であり,望外の高い評価を与えて下さった先生方に,心から感謝申し上げたい.これからも私は,目の前の問題をひとつひとつ愚直に解いていく方法でしか,進んでいくことができないだろう.長い目で,叱咤激励を頂ければ,とても嬉しく思う.

 
【受賞者略歴】
[略歴]1979年生まれ.2003年東京大学教養学部超域文化学科卒業(2001-2002年東京大学教養学部AIKOM交換留学生としてドイツ・ミュンヘン大学に留学).2005年東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了.2011年同研究科博士課程修了.博士(学術).現在,日本学術振興会特別研究員PD(東京大学史料編纂所).
[専攻]幕末外交史、日独・日蘭交渉史、東アジア国際関係史

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第一回東京大学南原繁記念出版賞発表 - 2017.06.28

2010年12月10日の東京大学出版会理事会において,第1回東京大学南原繁記念出版賞が以下の1点に決定しました.

鶴見太郎 (日本学術振興会特別研究員)
 『ロシアとパレスチナを繋いだ想像力――シオニズムの歴史社会学』

 受賞した論文は,後日,東京大学出版会から書籍として刊行されます.
 →2012年1月に『ロシア・シオニズムの想像力』として刊行されました

 
【講評】
 本論文は,1881-82年のポグロムから1917年のロシア革命にいたる帝政末期のロシア・シオニズムを,歴史的・実証的にはきわめて精緻に,理論的には社会学的観点から明快に分析した独創的な研究である.方法の軸として著者は,統計資料などを駆使して示されるロシア・シオニズムの「客観的文脈」に加えて,シオニスト自身の「主観的文脈」に注目し,彼らの思想がいかなる想像力のもとで形成されていたかを明らかにしている.
 本論文ではまず,19世紀後半の多民族国家ロシア帝国におけるユダヤ人の社会的位置や他民族との関係の変化,および初期シオニズムの様相が概観されたのち,ロシア・シオニズムの機関誌が丹念に読み込まれ,シオニストの世界観における「ネーション」概念の重要性が多面的に浮き彫りにされる.そこでとりわけ注目すべき発見は,ロシア・シオニストたちがユダヤ人の本質規定をむしろ忌避していたという事実である.
 著者はこの点を注意深く掘り下げ,指導的シオニストの自伝的小説などの読解を通じ,ロシア・シオニズムの想像力において非ユダヤ人との関係が果たした役割をあぶり出してゆく.著者によれば,シオニストたちはディアスポラのもとで社会的に構築されてきた「ユダヤ人」概念に反発する形で,いまだ意味づけられていない「純粋な社会性」を創り出す場を追求した.そして,このようにして紡ぎ出された「社会」という位相こそ,ロシア・シオニズムがオーストリア・マルクス主義の民族理論を下敷きにしつつ,それを批判することによって模索した,パレスチナにおける多民族秩序の根底をなすものである,と著者は言う.
 これは現代の中東問題にもつながりうる,アクチュアルな意義をもった分析である.本論文は,省みられることの少ない一次資料の発掘に基づき,ロシア語を中心にヘブライ語も含む文献を駆使して展開された,優れたロシア・ユダヤ社会史研究であると同時に,社会学的見地からのネーション論や集団的アイデンティティ論を踏まえた民族問題論でもあるという点で,実証と理論の両面を兼ね備えた,世界的に見てもあまり類例のない劃期的な業績と見なしうる.抑制された端正な文体は非常に明晰であり,巧みに工夫された構成もあって,大変読みやすく説得力のある論述になっている.用語解説を含む付録をはじめとした隅々まで行き届いた配慮が,本論文の完成度をさらに高めている.
 以上の点から,国際的に通用する第一級の学術的成果として,本論文は第1回東京大学南原繁記念出版賞を授賞するにふさわしい内容と評価できる.

(田中純/東京大学大学院総合文化研究科教授)

 
【受賞のことば】
鶴見太郎

 このたびは,栄えある第1回東京大学南原繁記念出版賞に拙稿を選出いただき,どうもありがとうございました.この受賞はすなわち,出版事情が厳しい中,商業ベースではとても売れそうにない私の研究の成果が,名高い東京大学出版会から世に出されるということでもあり,その点への安堵がまずありました.しかしそれ以上に,人生で初めて賞と名のつくものを,大変に名誉な形で受けることができたことは,存外の喜びであるとともに,他人事だと思っていた賞というものに対して恐縮している次第でもあります.
 私の研究の出発点は,混迷極まるパレスチナ問題の根源を探るというものです.その衝撃の強さから,それに関する歴史の登場人物や思想,事件というものには様々な色付けがなされることが少なくありません.そうした中,私は,それらを等身大で見てみたいと思いました.しかし,等身大で見ようとすればするほど,それらを個体として見ることはできず,それらが様々な社会関係の中に埋め込まれていることが明らかとなります.拙稿は,こうした視点を「社会学的」と銘打って,ロシア帝国と深くかかわっていたユダヤ人の中から,パレスチナにユダヤ人の民族的拠点を打ち立てようとするシオニズムという考え方がどのようにして生まれたのかを探求したものです.こうして見ることで,初期のシオニストが,パレスチナを目指すという明示的な目標の一方で,ロシア帝国という場をもう一度目指していたことが浮かび上がるとともに,よくあるナショナリズムとして個別的に見ていたのでは奇妙に思えるシオニズムのある特質についても理由があったことがわかりました.
 こうした自らの研究成果に照らし合わせてみますと,私自身が,特定の社会的文脈の中に,しかも相当程度に恵まれた文脈の中に埋め込まれていたことに多いなる感謝の念を抱かないわけにはいきません.このたびの受賞への喜びも,そうした意味で今後の大きな原動力となることは間違いありません.しかしそれだけでは私は調子に乗ってしまいますので,厳しいご批判を頂戴できましたら幸いに存じます.

 
【受賞者略歴】
[略歴]1982年生まれ.2006年東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了.2006-2007年エルサレム・ヘブライ大学ロスバーグ国際校客員研究員.2010年東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了.博士(学術).2010年エルサレム・ヘブライ大学人文科学部博士後研究員.現在,日本学術振興会特別研究員PD.
[専攻]歴史社会学,ロシア・東欧ユダヤ史

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