日本の階層システム[全6巻]

1 近代化と社会階層  原純輔 編

2 公平感と政治意識  海野道郎 編

3 戦後日本の教育社会  近藤博之 編

4 ジェンダー・市場・家族  盛山和夫 編

5 社会階層のポストモダン  今田高俊 編

6 階層社会から新しい市民社会へ  高坂健次 編



刊行のことば

 本シリーズは,近代社会および現代の変容を「階層」という視点から日本に照準を当てて新しく考察し直そうとしている.
 なぜいまさら階層なのかと思う人は少なくないだろう.たしかに,今やグローバリゼーションとIT革命の21世紀を迎える時代である.労働者だ社会主義だといっていた時代はずっと昔に終わってしまった.
 これまで,階級・階層研究をリードしてきたのは,マルクス主義と産業主義的近代化論という二つの「大きな物語」であった.これらは,かつて資本主義か社会主義かをめぐるグローバルな政治的闘争をそれぞれの陣営においてイデオロギー的に支えてきた二つの社会理論であり,近代という時代がわれわれをいかなる世界に導いていこうとしているのかという問いに対する二つの解答の試みであった.マルクス主義は,プロレタリア革命によって有史以来の階級社会に終焉が訪れると予言し,近代化論は,産業化に伴う政治的・社会的民主化によって平等が進展し階級対立は意義を失うと考えた.プロセスの違いはあるが,最終的に豊かで平等で対立のない社会の到来を予想し期待する点で,この二つの物語は期せずして合意していたのである.今日,この二つの物語はともに信憑性を失墜させてしまったが,これはむしろ,それらの予想が当たったからだとも言えなくはない.実際,日本を含めて先進諸国は豊かになり,かつてのような深刻で激しい政治的対立は影を潜めている.
 「なぜいまさら階層なのか」という疑問は,これらの物語がその役割を終えたという暗黙の了解を反映しているのだろう.たしかに,階級という言葉は,日常的な日本語としてほとんど死語に近くなってきている.まなじりを決して主張を訴えていたかつての学生はキャンパスから姿を消し,今では,みな豊饒と飽食の日本を謳歌しているようにみえる.
 しかしこれらのことは,もはや階層について考えなくてもよいということを意味しているわけではない.
 第一に,「階層」という言葉を用いなくても,今日の日本で「社会の問題だ」と見なされている事柄の多くが,実は階層的現象といえる.すなわち,受験競争,学歴,二世現象,リストラ,若年失業者,ジェンダー差別,部落差別,外国人労働者,ホームレス,環境問題などがそうである.
 第二に,それと関連して,人文科学や社会科学の学問において,多くの研究者の関心を集めている新しく登場したさまざまな理論やパラダイムの多くが,やはり階層・階級にかかわっている.女性研究・ジェンダー研究はいうにおよばず,文化的再生産論,従属理論,世界システム論,エスニシティ,エスノメソドロジー,カルチュラル・スタディーズ,フーコー権力論,オリエンタリズム,などである.これらは真正面から階級や権力支配について語らない場合でも,その存在を暗黙の前提として議論していることが少なくない.
 第三に,右のような形での階級・階層論的研究は,そもそもの二つの大きな物語の正しさと間違いとが学問のレベルでいまだ十分に検討されていないことの現われである.いわば社会科学はなしくずし的にその二つの巨大理論から撤退し,忘れてしまいたい青春の過ちでもあるかのように黙殺してしまったのである.
 こうした問題状況あるいは研究状況から考えて,「階層」は今日でも依然として現実的課題であるといえよう.
 本シリーズは,SSM調査(社会階層と社会移動調査)の厖大なデータ群の蓄積に基礎を置き,その伝統を継承すると同時に,これまでのSSM調査研究の枠をあえてうち破ることも企図している.「階層システム」という本シリーズのタイトルは,近代社会の歴史を階層システムの変容としてとらえるという視点を提示している.すなわち,「階級」という狭く限定された概念枠組みや,「構造」という固定されたイメージを超えて,階層的諸現象が政治,経済,教育,家族,社会意識などと複雑に絡みあって社会のしくみを構成しており,そのしくみが近代において変容を遂げ,かつ,まさに変容しつつあることを解き明かそうとしているのである.