有田 伸
以前,同僚の方がおっしゃっていたことなのですが,地域研究とは人遣いの荒い王様(ディシプリン)と気まぐれな女王様(対象地域)の二君に同時に仕えるという実に危険な試みなのだそうです.主に社会学の立場から韓国研究を続けてきた私も,二君に仕える上でそれなりの苦労を重ねてきたように思います.
私が現代韓国社会研究,特に社会階層に関する研究をはじめた当初,このテーマに関する実証研究は韓国内においても数少なく,利用できるデータも限られていました.しかしその後,大規模な社会調査が自由に行われるようになり,またアメリカ経由で高度な分析手法が次々と紹介されるにつれて,韓国の学界における研究の水準は飛躍的に向上してきました.私もこの流れに何とかついていこうと必死にもがいてきたのですが,今思えばそれは,育ちの早い麻を毎日飛び越える忍者の修行を無理やりこなしているような,なかなか大変な過程でした.
しかしその一方で,地域研究者として外側から韓国社会を眺めるという立場に立つ自らの研究の方向性に関しては,悩みも少なくありませんでした.最新の研究は非常に精緻である反面,扱う問題は限定される傾向があり,韓国社会を理解したいという自らの問題関心に真正面から答えてくれるものはそれほど多くなかったのです.「専門領域における研究の進展をふまえながら,同時に,地域研究者として『韓国社会とは何か』という大きな問いに答えていくにはどうすればよいのだろうか……?」
今回,思いがけず発展途上国研究奨励賞(日本貿易振興機構アジア経済研究所)という大変名誉な賞をいただいた拙著『韓国の教育と社会階層――「学歴社会」への実証的アプローチ』は,この問いをめぐって悩みに悩んだ末の産物です.まず私が心がけたのは,韓国社会の文脈と背景を十分にふまえた「より適切な実証分析」を行うということでした.地域研究者として養ってきた韓国についての知識や感覚を,社会科学の問題系と分析手法――私が用いたのは非常にシンプルなものではありますが――により良く接合させることを試みたわけです.さらに,研究の間口をできる限り広げて,現実の韓国社会に関して少しでも「大きな絵」を描いていくよう最大限の努力を払いました.
しかし,これらの試みは,もとより浅学な私にとって時に手に余るもので,正直に言って,いろいろなところでアラや不足が目立ちます.それでも,先行研究のそれほど多くないこの領域に一つの「踏み台」を提供できたとすれば,筆者としてこれ以上の喜びはありません.
こうして一書を世に問うて改めて感じているのが,二君に仕えることの難しさです.単純に考えても一人の君に仕える時間は通常の半分になってしまうわけですから,「二君に仕えている」と信じているのは自分だけで,実は王様にとっても,女王様にとっても満足な働きができていないのではないか,と不安に苛まされることが少なくありません.出仕先をどちらか一方に絞ってしまうという誘惑にかられることも多いのですが,しかしその誘惑にのってしまうと二度と今のポジションには戻れなくなってしまいそうなので,もうしばらく,この中途半端な状態を保ってみようかと思っています.
(ありた・しん 地域研究)