宮沢賢治と5人の思想家

2005年7月25日 - 9:37
松岡幹夫

本年の3月に,『日蓮仏教の社会思想的展開――近代日本の宗教的イデオロギー』という本を上梓いたしました.この本の中では,鎌倉仏教の祖師たちの一人・日蓮の思想に魅了された,近代日本の六人の思想家を取り上げています.具体的に挙げると,田中智学,北一輝,石原莞爾,妹尾義郎,牧口常三郎,宮沢賢治です.それぞれ個性豊かな人たちですが,彼らを「日蓮仏教」という共通項で結びつけながら,各人の思想の特色を論じる,というコンセプトで書き進めました.

けれども,6人の思想家と日蓮仏教とのかかわりに絞って考察したわけではなく,彼らの幼少期からの思想形成史を解明する中で,日蓮とのかかわりに触れています.ですから,北一輝,石原莞爾,宮沢賢治といった人たちの思想や文学に興味を持たれている方々にも,それなりに興味を持って読んでいただけるのではないかと考えています.

例えば,北一輝の章では,北自身の霊感的性格,生まれ育った家庭,佐渡の地の思想環境,日露戦争前後の世相などを総合的に考慮しながら,北が神秘性と科学性とを併せ持った愛国者へと成長していく過程を描いています.そして,彼の代表作である『国体論及び純正社会主義』『日本改造法案大綱』などの成立史的な背景について,新しい視点を加えつつ,詳細に論及してみました.また石原莞爾論では,国柱会の日蓮主義が石原の「世界最終戦争論」の宗教的基盤となったとする従来の定説に対し,石原の宗教的基盤には土着的なシャーマニズムがあり,それが彼の最終戦論を生み出す決定的な要因になったことを指摘しました.

さらに,宮沢賢治については,彼の文学作品の中に現れている宗教意識を分析する中で,日蓮的なもの,法華経的なもの,浄土真宗的なもの,それらが融合したもの,などを摘示し,賢治文学の奥底に潜む宗教性の複雑さを浮き彫りにできるように努力してみました.私としては,この宮沢賢治の章を仕上げる時が最も大変で,途中,何度も本の執筆自体を断念したい気持ちに駆られたほどです.それだけに,賢治文学に造詣の深い方々にぜひ読んでいただき,忌憚のないご批判・ご叱正を賜ることができれば,と願っています.その他の思想家たちに関しても,最初から予期したわけではないのですが,従来の常識的な見解を覆すような議論を展開し,世に問うことになりました.

言うまでもなく,本書は学術書ですが,扱った人物の大半はポピュラーな存在です.また,主として日本思想史学の立場から考察を行っていることもあり,近代日本の思想に知的関心を持つ方ならば,一種の啓蒙書に近い感覚で読んでいただけるのではないでしょうか.「三つ子の魂百まで」という諺があります.本書は,結論的には,そのことを読者に改めて実感させる内容となっているように思います.近代日本を動かした思想家たちの精神的苦闘の過程を知り,追体験していく――そのような思いで,どうか本書の世界に足を踏み入れて下さい.

コメント (1)


  1. 「週刊読書人」7/29号2005年上半期の収穫から
    「現代イスラーム主義運動の知的源泉となっているイブン・タイミーヤとほぼ同時代を生きた日蓮が,田中智学,北一輝,石原莞爾などのイデオローグを通じて現代において読みかえられる.時空を超えて知的想像力を刺激する論考である」(臼杵陽氏:中東地域研究)

    コメント by 営業局 — 2005年7月28日 @ 16:27

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