第3回東京大学南原繁記念出版賞発表のお知らせ

 2012年12月4日の東京大学出版会理事会において,第3回東京大学南原繁記念出版賞が以下の2点に決定しました.

藤岡俊博 (日本学術振興会特別研究員PD)
『エマニュエル・レヴィナスと「場所」の倫理』

本田晃子 (北海道大学スラブ研究センター非常勤研究員)
『天体建築論――イワン・レオニドフと紙上の建築プロジェクト』

 受賞した論文は,後日,東京大学出版会から書籍として刊行されます.
藤岡俊博『レヴィナスと「場所」の倫理』本田晃子『天体建築論』として2014年3月にそれぞれ刊行されました.

 
 
【『エマニュエル・レヴィナスと「場所」の倫理』 講評】
 本論考は,エマニュエル・レヴィナスの思考を,「場所」という概念を導きの糸としながら,思想史的に研究したものである.思想史的にと言うのは,レヴィナスの思考をその初期から晩年に至るまでクロノロジカルに論じるという意味と,それを哲学・文学・精神分析・ユダヤ教学の文脈に置き,それらとの軋みやキアスムを論じるという意味の両方を有している.その際,著者はレヴィナスの東洋ユダヤ師範学校で教鞭を執っていたテクストを含むあらゆるテクストを博捜し,さらにフランス語を中心としたレヴィナス研究を数多く参照することによって,その論述に厚みと説得力を持たせることに成功している.
 著者の二つの意味での思想史的研究にとって,最も重要な参照項はマルティン・ハイデガーである.その思考に潜む「場所」への執着を異郷として批判し,他者に向かう「非場所」の倫理をレヴィナスがどう考えていったのかが丁寧に論じられる.それは,単純な「場所」から「非場所」への移行ではない.レヴィナス自身,ハイデガーとは異なる仕方で「場所」を構築し,それを他者を迎え入れる主体性やその住処である「家」として思考した上で,それを「非場所」に語り直していく道行きである.著者はこの道行きを,それを支える諸概念に十分な目配りを行いながら丹念に辿っており,間然するところがない.その上で著者は,レヴィナスの思考が最も軋む地点である,国家という「場所」を論じる.「非場所」の倫理を維持したまま,レヴィナスはイスラエル国家を正義の「場所」として論じる.著者はこの困難を「場所あるいは非場所」もしくは「場所かつ非場所」として考えることを提案し,論考をいい意味で問いに開いたまま終えている.
 おそらく合田正人『レヴィナスの思想−希望の揺籃−』(弘文堂,1988年)の後,それが切り開いた問題系を十分尊重しながらレヴィナスについて論じるには,本論考のような文献の博捜と議論の整理がどうしても必要であるだろう.ただ,その上で著者自身の哲学的に踏み込んだ思索がさらに展開されるならば,レヴィナスの思想史的研究にとどまらない意義を本論考は有したのではないかと思われる.とりわけ,「場所」と「非場所」の錯綜が政治と倫理の錯綜でもあるとすれば,倫理を第一哲学とするレヴィナスにとっての政治とは何であるのかとともに,そもそも今日レヴィナスを通じながら問われる政治と倫理の関係をどう考えていけばよいのかを論じることは重要である.あるいはまた,国家としてのイスラエルに関しても,レヴィナスが「メシア的国家におけるダヴィデの国家の完成」(「カエサルの国とダヴィデの国」)と語っていることを踏まえるなら,レヴィナスのメシアニズムの核心に国家が入り込んでいる意味とともに,現代思想におけるメシアニズムの議論の射程を問い直すこともできるだろう.
 しかし,これらはいずれも望蜀であり,本論考の価値を減ずるものではない.なお付け加えておくと,本論考の中で著者のパッションを最も受け取ることができたのは,第IV部で書かれた,レヴィナスと文学者すなわちパウル・ツェランやエドモンド・ジャベスとの対話である.筆者が浮かび上がらせた,ジャベスに与えたレヴィナスの問い,「真の詩人が一つの場所を占めるというのは本当だろうか」にどう答えるのか.読者であるわたしたちもまた問われている.

(中島隆博/東京大学東洋文化研究所准教授)

 

【『エマニュエル・レヴィナスと「場所」の倫理』 受賞のことば】
藤岡俊博

 このたびは拙論『エマニュエル・レヴィナスと「場所」の倫理』に第3回東京大学南原繁記念出版賞を賜り,ありがとうございます.一人の現代哲学者の,しかもすでによく知られている人物の思想を扱ったモノグラフ的な論文にこのような評価をいただけたのは望外の喜びであり,ご査読いただいた先生方をはじめ関係者の皆様に心よりお礼を申し上げます.
 フランス語のフの字も知らず,偏愛していた安部公房のほかに碌な読書経験もなかった私が,大学入学後にたまたまレヴィナスに惹き付けられたのは,彼の難解な思想ではなく単にその難解さが理由でした.それでも少しは分かったと思えるまではと,卒業論文以来そのつど個別のテーマを設定しながら研究を続けてきました.フランスへの留学の前後からレヴィナスの思想における「場所」の問題が気になりはじめ,それを博士論文の主題に選んだとき,さまざまな仕方での故郷喪失の経験を描いた安部公房の作品群がふと頭に浮かび,自分にとって大切な問いは年月や紆余曲折を経ても回帰してくるのだなと不思議な気持ちになったのを覚えています.もっとも,いまにして思えば安部公房には「内なる辺境」というユダヤ人をめぐるエッセイや,他者の闖入を見事に戯曲化した「友達」,さらには『他人の顔』(!)というそのものずばりのレヴィナス的題名をもつ小説もあったのですが.
 レヴィナスと言うと,「汝殺すなかれ」と迫ってくる他者の「顔」の概念で有名な倫理思想家というイメージが一般的ですが,レヴィナスは他者なるものを一足飛びに提示したわけではありません.主著『全体性と無限』の冒頭に見られるように,他者へ向かう運動は風土,景観,国といった広い意味での「場所」の彼方を目指すものとしてはじめて語られるのであり,拙論が描こうと努めたのはレヴィナスが「場所」を出発点として他者を俎上に載せるに至る理論的な道筋です.20世紀初頭から人文社会科学の多様な潮流が「環境世界」の主題に注目していたこと,若きレヴィナスがストラスブール大学の学際的な雰囲気のなかで学んだことなどが拙論の発想の事実的な補強となっていますが,この主題に着目することでイスラエルをめぐるレヴィナスの議論の思想的意味を明らかにしたいという意図もありました.
 論じ切ることのできなった問題も多々残っていますし,そもそも,読み直すたびに新たな発見や驚きがあるのが哲学書のなによりの魅力ですので,拙論へのご叱正を糧にしながらあらためて勉強を続けていきたいと考えています.このたびは誠にありがとうございました.

 
【受賞者略歴】
[略歴]1979年生まれ.2003年東京大学教養学部地域文化研究学科卒業.2005年東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了(地域文化研究専攻).2012年同博士課程修了.博士(学術).現在,日本学術振興会特別研究員.
[専攻]フランス哲学,ヨーロッパ思想史

 
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【『天体建築論』 講評】
 「ロシア・アヴァンギャルド」と呼ばれる現象は,革命前後のユートピアを希求する機運が横溢するロシアで噴出するように現れ,美術や詩や演劇を筆頭に,音楽,映画,デザインなど,芸術や文化のほとんどすべての領域で連動しながら展開した,歴史上前例がない大規模な複合的芸術運動だった.スターリン時代のソ連では抑圧され,一時的に後景に追いやられたとはいえ,20世紀後半になって世界的に注目を浴び,日本でもすでに多くの紹介や研究がなされてきた.
 しかし,そのロシア・アヴァンギャルドの中で,建築の分野は一種のミッシング・リンクであったと言えるだろう.日本では建築家・建築史家である八束はじめ氏による画期的で浩瀚な先駆的研究があるとはいえ,ロシア語の一次資料を渉猟し,アヴァンギャルドから社会主義リアリズムへという容易には説明しがたい複雑な流れに即した形でソ連の建築を包括的に論じたものは,本論文が初めてであろう.
 本田晃子氏が本論文で取り上げたのは,イワン・レオニドフという一人の建築家である.レオニドフはロシア構成主義の建築を代表する輝かしい才能の持ち主として認められながらも,その独創的な建築案はほとんどすべて「紙上建築」(ペーパー・アーキテクチャー)に終わり,生涯を通じて実現された建築物はほとんどなく,晩年は世に忘れられ失意のうちに世を去った.しかし,本田氏は「紙上建築」の意味と可能性に新たな光を当て,実際に建てられた建築作品に対して,それが決して二次的なものではなく,むしろ実現した建築物に対抗するもう一つのヴィジョンを提示する独創的な作品として積極的に評価する.これが本論文の特筆すべき独創性の第一である.「実現したもの」に対して,いまだ実現せざる可能性に創造の本質を見ることは,まさに20世紀ソ連の革命的な前衛芸術の根本的な志向性であり,その意味では「紙上建築」とはアヴァンギャルド精神をもっとも純粋に体現したものだった.
 第二に,建築を論ずるにあたって,本論文はじつにしなやかに同時代の隣接する様々な芸術・メディアを視野に入れ,レオニドフの創作の展開を,写真,映画,演劇,博覧会といった媒体やジャンルとの緊密な関係のうちに描き出した.つまり,本田氏は建築を決して孤立して閉ざされたものとして取り扱わず,その結果,本論文自体が文化史的に風通しのいい開かれたものになっている.
 第三に,本論文は建築家の前半生の輝かしいアヴァンギャルド時代だけでなく,その後にスターリン時代の様式が確立し,すべての芸術が社会主義リアリズムという規範に縛られるようになった時代までを視野にいれて,アヴァンギャルドから社会主義リアリズムへの移行の問題を,レオニドフの建築家としてのヴィジョンに即して掘り下げることに成功した.
 こういった独創的なアプローチを通じて,本書はレオニドフという天才がソ連社会の歴史的変動を背景にしながらも貫き続けた対抗のヴィジョンを明らかにしている.資料の博捜と,鋭い分析と,通説を覆す鮮やかな論証の数々――それらがあいまって,本論文を国際的にも類例がない高い水準のものにしている.理論的にはかなり複雑な問題を扱いながらも,その文体は常に爽やかに明晰であり,収録された数多くの貴重な図版とあいまって,専門を異にする広範な読者に快い驚きと知的刺激を与えるに違いない.学術的にシャープであるだけでなく芸術的にも豊かな,南原繁賞に相応しいブリリアントな著作である.

(沼野充義/東京大学大学院人文社会系研究科教授)

 

【『天体建築論』 受賞のことば】
本田晃子

 紙上建築は設計図とは異なり,建築を名乗りながらも建設されることを目的とせず,むしろその建てられなさを通して既存の建築や都市,さらにはそれらによって構成された共同体までをも挑発する.そのようないわば自己否定としての建築に魅せられてから,はや十余年が過ぎた.きっかけとなったのは,ロシア・アヴァンギャルド建築の代表者として時代の表舞台に登場しながらも,ほぼ実作を持たないまま生涯を終えた,まさしく紙上の建築家と呼ぶべきイワン・レオニドフとの出会いだった.さらにいえば,彼の活動したソ連邦の1920年代から50年代という,無数の未完の建築プロジェクトからなる時代そのものの,建てられた建築からなる世界を裏返しにしてしまうような刺激が,拙論を執筆する原動力となった.
 逆説的に響くが,このようないわば紙上建築の時代の背後にあったのが,新しい空間の建設が新しい生活様式,新しい人間心理,新しい共同体そのものの建設につながるという,当時の過剰ともいうべき建築熱である.建築の合理化を唱える一方で,レオニドフの眼差しもまた,具体的な建設行為を超えた,新たな世界観そのものの構築へと向けられていた.けれども建築に対するユートピア的なまでの期待は,否応なく設計図と紙上建築の境界を不分明にしていった.レオニドフとは,現在の生の上に来たるべき未来の建築-共同体像が投影され,可能態と現勢態が深く錯綜した時代を,まさに体現した建築家だったといえるのである.
 しかしそのユニークさにもかかわらず,彼の一切のディテールや説明を省略したドローイング,創作環境に関わる情報の欠如,そして建築家自身の(あるいは政治的に強いられた)沈黙が,レオニドフを論じる上での大きな障壁となってきた.アヴァンギャルドの名誉回復後も,今度は逆に悲劇の夢想家へと神話化され,レオニドフの作品を批評的に再読する試みは,現在に至るまで驚くほど少ない.拙論もまた,レオニドフをとりまくそのような幾重もの沈黙との格闘だった.この“語らない”建築家について,いかに語りうるか.もっといえば,この沈黙の建築をいかに言葉によって説明しうるか.未だ論じ尽くせたなどとは到底言えない段階だが,今回このような名誉ある賞を頂けたことが,今後の研究の上で大変な励みとなることは間違いない.存在しない建築から建築史を語るという,ある意味無謀ともいえる試みを評価していただき,そして何よりこのような形でレオニドフの思想と作品を紹介する機会を与えて下さったことを,選考に関わられた先生方には深く感謝申し上げたい.

 
【受賞者略歴】
[略歴]1979年生まれ.2002年早稲田大学教育学部教育学科教育学専攻卒業.2005年東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了.2009年同研究科博士課程修了.博士(学術).現在,北海道大学スラブ研究センター非常勤研究員.
[専攻]ソ連建築史,アヴァンギャルド芸術,全体主義芸術

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