第7回東京大学南原繁記念出版賞発表

 第7回東京大学南原繁記念出版賞が以下の2点に決定しました.

石川学 (東京大学大学院総合文化研究科特任助教)
『ジョルジュ・バタイユにおける行動の論理と文学』

濱田武志 (日本学術振興会特別研究員PD)
『漢語系諸語と系統樹──「粤語」からの視点』

 受賞した論文は,後日,東京大学出版会から書籍として刊行されます.

 
 
【『ジョルジュ・バタイユにおける行動の論理と文学』 講評】
 本論文は,ジョルジュ・バタイユの行動につながる学知を,戦前の「武器としての論理」と戦後の「防具としての論理」に腑分けした上で,考察したものである.前者はファシズムに対抗する行動に向かい,後者は戦争の悲惨さを引き受けた上で戦争を回避する行動に向かうものであった.その上で,文学という学知がどのように逆説的に行動に繋がっていくのかを明らかにする.バタイユの全体像を知る上で,今後,必読書にもなるべき労作である.
 軌道を回る惑星が互いに出会う機会は限られたものだ.バタイユが,ニーチェ,ヘーゲル,プルースト,カフカという巨大な惑星と出会うために,どれだけの時間をかけて,どれだけの挑戦を行って思考を紡いでいったことか.そのドキュマンを本論文は,端正な筆致で示している.それは同時に,本論文がバタイユに出会うために,気の遠くなるほどの観測を行って軌道を計算したということだ.しかも,その軌道は決して安定したものではなかった.モーリス・ブランショの言葉を借りるならば,バタイユは一個の墜-星desastre,すなわち災厄の時代に閃光を放つ,運命から外れた星の光芒だと思われるからだ.
 しかし,だからこそ,墜星の軌道を正確に計測しようとした本論文は,言葉の本来の意味で「状況的circonstanciel」,すなわち「その周りに立つこと」ができている.それによって,バタイユがファシズムと戦争に対して,いかに状況的であったかを示すことができた.
 ファシズムに対抗するためには,それが人々を情動から突き動かし統合する仕組みを転覆する「武器」が必要である.ただ,それは,ほとんど純粋なファシズムに見紛う,しかし決定的にそれとは異なるものでなければならない.情動,儀礼,聖性,共同体という概念を問い直しながら,自らの「武器」としてゆくバタイユのこの歩みは,ほぼ必然的に誤解され,失敗するほかない.それがバタイユの墜-星たるゆえんであるにしても,その過程は普遍的なものであって,日本における試み(たとえば鈴木大拙の霊性)にも反響を認めうるのである.
 戦後のバタイユが,来たるべき戦争を予見しつつ,やはりそれに対抗せんがために,ブランショやレヴィナスとの交叉から消尽に基づく全般的経済学を構想したり,プルーストとカフカの読解から文学のアンファンス(子どもにして語らないもの)を再び見出したりしたことは,さらにその状況性を切迫したものにしている.本論文の読解では,戦前とは異なり,バタイユはより内在的な仕方で,超越性の彼方の聖性もしくは「失われた内奥性une intimite perdue」を回復しようとしたことになる.それは,ウェーバー的なプロテスタンティズムと資本主義とは異なる,宗教性と経済へのアプローチだと言ってよい.そして文学こそがこの新たな行動を切り開くという指摘は,わたしたちが繰り返しその意味を考えさせられるものだ.
 トマス・カスリスによれば内奥性とは「親友に内奥のものを知らせること」が語源だそうである(『インティマシーあるいはインテグリティー』法政大学出版局,二〇一六年).本論文を通じて,わたしたちがバタイユの内奥性を知らせられたことを喜びたい.
 本論文に対しては,日本語著作への目配りがやや欠けるところがあるとか,読解の独創性が伝わりにくいという意見もあった.これらを踏まえて表現を見直していただければと思う.ただ,本論文は,直接的にはフランスでのバタイユ研究を多く参照しているにしても,間接的にどれだけ多くの日本の先人たちのバタイユ研究を踏まえているかは明らかである.また,もし本論文の独創性がその「状況性」にあるのだとすれば,わたしは,筆者が属している若い世代に期待する「静かな革命」のマニフェストにもなりうる優れた作品だと考える.
 以上により,本論文は,第七回東京大学南原繁記念出版賞を受賞するにふさわしい作品であると判断する.

(中島隆博/東京大学教授)

 

【『ジョルジュ・バタイユにおける行動の論理と文学』 受賞のことば】
 このたびは,第七回東京大学南原繁記念出版賞を賜り,非常な名誉に恐懼感激いたしております.ご選考くださいました先生方,東京大学出版会の皆様,関係者の皆様に,衷心より御礼申し上げます.
 私がジョルジュ・バタイユを研究対象として選んだ大きなきっかけの一つは,学部生時代,湯浅博雄先生の原典講読の授業で「ヘーゲル,死と供犠」を読んだことでした.以来,指導教員である鈴木啓二先生はじめ,湯浅先生,増田一夫先生,森山工先生,岩野卓司先生といった敬愛する先生方のご指導を享け,環境をともにする仲間たちから多くの刺激をもらいながら今まで歩んでまいりました.私自身の歩みはあまりに遅々たるものでしたが,お世話をいただいた方々に受賞のご報告がいたせますことは,まさに無上の喜びです.
 非理性的なものの探求者という,広く認知されているバタイユのイメージの一方で,非理性的なものの探求にこの作家が学知を手段として用いることに拘った,という事実により注目したいというのが,私の研究の主たる動機でした.こうした問題意識を得られたのは,はじめて原文を精読したテクストが,「ヘーゲル,死と供犠」という難解かつ精緻な論理を駆使した論文であったことが大きかったと思います.ひとは,探求という行為自体が遠ざけてしまうはずのものを探求する.そうした「失敗」を運命づけられている試みのために,正確な道筋を与えることがどれほど可能であり,不可欠なのか.ヘーゲルに関して示されている,こうした論点は,バタイユにおける社会と自己の変革をめぐる行動の論理と,文学についての理解とに,本質的な部分で通底していることに,拙論の執筆を通じて気付かされている次第です.
 拙論の最後に取り上げた,文学の不在,ないしは消滅に対するこの作家の視座は,今の私自身にとって,深刻に受け取るべき問いをなすものであり続けています.有益性を原理とする「行動」からの断罪を前にして,文学はおのれの無益さをすすんで認め,自らの消滅をも,敢えて,決然と肯うほかはないということ.そうした仕方で,自らの欠落を社会に提起することでしか,文学が表現するものを社会化する手段はないのだということ.第二次世界大戦以後のバタイユが辿り着いた,こうした見地は,「文学」を広く「人文学」として捉えるとき,重大な現代性を持つ問いを構成するのだと考えています.
 未熟なところを数多く残した論文ではございますが,皆様方のご叱正を賜りながら,今後,さらなる研鑽に努めてまいる所存です.末筆ながら,ご選考をくださいました先生方に繰り返し御礼申し上げますとともに,非力で至らぬ私にお力添えをくださっているすべての方に深謝申し上げます.

(石川 学/東京大学大学院総合文化研究科特任助教)

 
【受賞者略歴】
[略歴]1981年生まれ.2003年東京大学教養学部地域文化研究学科卒業.2005年東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻修士課程修了.2014年同博士課程修了.博士(学術).現在,東京大学大学院総合文化研究科特任助教.
[専攻]フランス文学・フランス思想

 
=================================
 

【『漢語系諸語と系統樹──「粤語」からの視点』 講評】
 本論文は漢語系諸語のうち「粤語」および「桂南平話」を対象とし,生物学で用いられている分岐学(cladistics)の手法を適用して,その系統関係を推定して系統樹を描き出すとともに,「粤祖語」を再建するという野心的かつ壮大な試みである.「粤語」とは言語的に極めて多様な華南を代表する言語であり(一般的には香港などで話されているいわゆる広東語と同一視されることも多いが,香港で話されている「広東語」はより正確には香港粤語と呼ぶべきものである),桂南平話もまた粤語に近い関係にある言語とされ,両者の共通の「祖語」が派生学の手法によってくっきりと浮かび上がってくる.
 祖語の再建は,インド=ヨーロッパ語族の言語を対象として始まった比較言語学ではおなじみの作業だが,それをそのまま漢語系諸語に適用することは難しい.中国では,印欧語の場合とは異なり,地理的に連続した地域で人口移動を繰り返してきたため,言語間で言語系統とは関係のない相互の影響関係が頻繁に生じ,通常の手法では系統樹が描けなくなるからである.それゆえ漢語系諸語については,分類は盛んに行われても,系統は論じにくいという状態が続いており,この分野の研究は中国や欧米の研究者もなかなか手がつけられないでいた.
 この事態を打開するために,著者が採用したのが,分岐学である.分岐学は系統学の手法の一つで,生物のいくつかの種に共通する形質をまず定義し,それらの形質が共通の先祖から受け継がれたものという前提に立ち,分岐の系統樹を作成する.その際に形質を数値化して統計処理をし,膨大な離散数学的な計算を経て,「最節約的」な(分岐回数が最も少なくなるような)系統樹を描き出すのである.生物の系統を推定するための手法を言語の変化の歴史に応用する可能性は魅力的だが,どこまでそのようなことが可能なのか,については疑問がないわけでもなく,実際には本格的な前例はあまりないという.そこで著者は各言語における様々な音声情報の中から,系統推定に有意なものを選び出して数値化し,分岐学における形質に相当するものとして計算アルゴリズムに乗せ,ソフトウェアを用いて数学的に粤祖語と各方言との系統関係を復元したのである.
 その結果得られた系統樹は,粤語・桂南平話の歴史と方言分岐・伝播に関する新たな知見をもたらすことになった.そして粤祖語は意外に新しく,唐代後期以降のものと推定される反面,粤祖語にはより古い漢語に由来すると思われる要素も混入しているということが分かり,どうやら,華南には漢語は少なくとも二度以上にわたって伝わってきて,粤祖語が成立する以前から,華南の非漢語話者は漢語を使用していた可能性があることまで,推定されているのである.分析・論証の手順は厳密に科学的だが,ここには人間の言語のダイナミックな歴史の謎に関する,なんと壮大なロマンがあることだろうか.
 評者自身は,この結論のすべてが──説得力は十分あるとはいえ──果たして本当に正しいのか,判断する専門的知識を持ち合わせないのだが,本論文の一貫した学問的に透徹した記述と,自らの説が絶対的な最終的解決ではなく,むしろ科学的に「反証可能」な議論を提供するものであるというすがすがしい自覚を見ると,結論そのものが画期的大発見であるか否かという問題以前に,そこにまで至った粘り強い知的探索の過程そのものの価値のほうが大きいのではないかとも思う.実際,本論文には,若き学徒が既に大学一年生の時から多くのよき師を得て「暗闇の荒野に進むべき道」を切り開いてきた足跡もまたくっきりと刻印されている.フィールドワークに始まり,壁に突き当たって,「信頼し得る方法」を模索し,自然科学的な方法も究めることになり,若き頭脳は文理融合の方法を導き出した.付録として収録された全OUT(operational taxonomic unit=演算用分類学的単位,ここでは祖語に対する娘言語のこと)の形質行列の膨大な一覧表を見ると,数学の本かと一瞬見紛うほどだが,著者は最後に,自分の行っていることは先人たちの人文知の蓄積のうえに成り立っているのであって,その意味ではあくまでも人文研究の営みである,と宣言している.本論文が狭い専門的な意味での中国語学の研究にとどまらず,より広く人文学の新たな道を切り拓く可能性を持った,まだ二十八歳の若き研究者の爽やかなデビュー作であることに感動し,ここに賞を贈る.

(沼野充義/東京大学教授)

 

【『漢語系諸語と系統樹──「粤語」からの視点』 受賞のことば】
 このたびは,名誉ある第七回東京大学南原繁記念出版賞を賜り,大変光栄に存じます.選考委員の先生方ならびに東京大学出版会の皆様に,衷心より御礼申し上げます.
 学部一年の頃,橋本萬太郎の『言語類型地理論』との出会いや吉川雅之先生の御垂教を得て,中国語方言(漢語系諸語)に関心を持つようになりました.爾来,「中国語の多様性がいかにして生まれたのか」という問いを,粤えつ語(中国最南部で一大勢力を持つ中国語の一種.広東語を含む)を出発点として考え続けて参りました.拙著はその解答を示したというよりは寧ろ,どう問題に向かえばよいのかを追求したものとなりました.
 粤語の独自の言語史を論ずるには,言語学,特に比較言語学の力が必要です.しかし「粤語」という枠組みは,拙著の主題の一つである系統とは別の視点から画定されています.粤語を包括的に論ずるには,まず「粤語」という前提そのものを疑わねばなりません.
 この課題の本質は,方法論への懐疑にあります.千年の蓄積を誇る研究史そのものが,行く手を阻む恐ろしい壁に見え,何を信じたら良いのか,答えを求めて関連諸学をあてもなく彷徨いました.その探求の末に拙著がたどり着いたのが,分岐学です.分岐学は生物などの系統を推定する方法の一つです.分岐学を原理とする拙著は,ともすると理学に傾いた論考に見えるかもしれません.しかし,あらゆる論理は己の前提を疑う力を持ちません.従って結論の信頼性は,分岐学的分析の前提を提供する言語学・中国語学自身が担保せねばなりません.「何を信じられるか」を突き詰めることは「自分は何を述べ得るか」を明確にすることです.主観から逃れられない研究者自身の居場所は,知見の蓄積の上にこそあるということが,分岐学が教えてくれた最も大切なことの一つです.
 執筆中に気づいたことですが,分岐学の原理に似た発想は,実は本家の分岐学が成立するよりも早い時期に書かれた言語学の論文にも見られます.最新の技術を求めた結果かえって古典の智慧に行きつく,そんな尊い出来事に心が打ち震えたことを,印象深く覚えております.それは,人文学に携われた幸福を味わった瞬間でもあります.
 学問領域を越えた冒険に怖じないための勇気は,ほかならぬ東京大学言語学研究室の中で育んで頂きました.回り道をする自分を暖かく見守り導いてくださった指導教員の小林正人先生をはじめとする,研究室・学位論文審査委員の先生方,ご教導を賜ってきた先生方に感謝の念が尽きません.過去の推定は永遠の仮説です.仮説を磨き上げ続けることは,研究者の務めであり喜びです.この望外の栄誉を研究の支えとし,出版に向けて微力を尽くすことで,学恩に報いたく存じます.

(濱田武志/日本学術振興会特別研究員PD)

 
【受賞者略歴】
[略歴]1987年生まれ.2010年3月東京大学文学部言語文化学科卒業.2012年3月東京大学大学院人文社会系研究科修士課程修了.2016年3月同研究科博士課程修了.博士(文学).現在,日本学術振興会特別研究員PD.
[専攻]言語学・中国語学

月別記事リンク