第5回東京大学南原繁記念出版賞発表のお知らせ

2014年12月3日の東京大学出版会理事会において,第5回東京大学南原繁記念出版賞が以下の1点に決定しました.

高山大毅 (東京大学大学院人文社会系研究科研究員)
『近世日本の「礼楽」と「修辞」――荻生徂徠以後の「接人」の制度構想』

受賞した論文は,後日,東京大学出版会から書籍として刊行されます.

【講評】
 本論文は,荻生徂徠(寛文六/一六六六年〜享保一三/一七二八年)出現以降の近世日本における,人と人とが,「礼楽」と「修辞」を通じて,正しく,良く,そして美しく「接(まじわ)」るための制度の構想とその実践について,思想史的かつ文化史的に,鋭利な考察を加えた研究である.主な対象は,荻生徂徠,およびその影響を受けつつも独自に思索した儒学者・国学者たちである.
 現代という「くるわ」や,中国儒学史・文学史あるいはヨーロッパ思想史・文学史という「標準」に囚われた眼から見る時,近世日本の多彩にして活発な知的活動は,往々,奇妙にも,瑣末にも,そして浮薄にさえ見える.しかし,それは,筆者の卓抜な比喩を援用するならば,時には同じ道具を用いながらも実は別の競技を行っているという事実を無視し,同じ競技をしていると勝手に見做して評価しているにすぎない.徳川日本の「競技者」たちには彼等なりの「競技規則」があったのであり,それを無視して彼等の活動を理解することはできない.本論文は,そのことを明確に意識し,あくまで彼等の立場から彼等の営為を理解しようと試み,その結果を,明快にして達意の文章で記述したものである.
 本論文の特に優れた点は,以下の通りである.
 第一に,その新しい視角である.まず,筆者は,「「政治」の発見」「「文学」の自立」「個性の重視」等の「近代」の「萌芽」を,徳川の世に見出そうなどとはしない.自明視した「近代」なるものに(善かれ悪しかれ)つながる「源流」を発見しようなどともしない.また,筆者は,単純に中国儒学に照らして,日本儒学の「独自性」や「特殊性」を高踏的に論じたりもしない.そうではなく,徂徠および彼以後,「礼楽」の構築と「修辞」の洗練によって,よき秩序を維持し,温雅な交際を実現しようという様々な模索が(中国の儒学・文学・文化をも利用しつつ)なされていたという,これまで総合して扱われたことの無い事実に着目し,その内容と変遷を詳細に明らかにしようとしたのである.
 第二に,新しい対象の選択である.新しい視角を採用した結果,従来ほとんど無視されてきた人物や著作が筆者の視野に入ったようである.現に筆者は,様々な図書館・文書館・古書店に眠っていた,従来活用されていない史料も,多数,用いている.その史料の博捜ぶりは瞠目すべきものである.また,徂徠学派の展開を論じる時,水足博泉の「器」論や田中江南の「投壺」論は普通注目されない.「遅れてきた「古学」者」として會沢正志齋を扱うことも通常ない.また,「直言」批判として,徂徠から賀茂真淵・本居宣長・富士谷御杖までをくくって論じることもまずない.しかし,筆者は,敢えてそれを試み,彼等について説得力をもって叙述している.
 第三に,以上の結果として得られた新しい知見の数々である.とりわけ,天皇の祭祀に関する會沢正志齋の議論が徂徠の文章の断片に依拠しているという発見は,従来,正志齋の議論の分析のみから推定されていた徂徠と正志齋との関係について,史料による実証をもたらしたものである.そして,これらの知見によって立ち現れてくる思想と文学の流れは,新鮮な意外性に満ちている.しかも,筆者は,いかに人と「接」わるかが,実は我々自身の問題でもあることをも,周到に論じている.すなわち,筆者は,現代にあぐらをかいた傲慢な審判者にならないばかりか,現代から逃亡して「江戸趣味」に淫することもしないのである.
 本論文には,太宰春台・服部南郭等の徂徠学派の代表とされる人物への言及が少ないという物足りなさはある.表記の詰めが甘いなどの欠点もある.その意味で,公刊までになお改良の余地はある.しかし,全体として,これは,近世日本の思想史・文学史・文化史研究の奥行きを深めた優れた作品であると言うべきである.
 以上により,本論文は,第五回東京大学南原繁記念出版賞を授賞するにふさわしいと判断する. 

渡辺 浩(法政大学教授・東京大学名誉教授)

【受賞のことば】
 このたびは,拙稿「近世日本の「礼楽」と「修辞」――荻生徂徠以後の「接人」の制度構想」に対して,第五回東京大学南原繁記念出版賞という名誉ある賞を賜り,誠に光栄に存じます.東京大学出版会及び選考委員の皆様に心より御礼申し上げます.
 拙論は,「接人」――人づきあい――の領域に制度を設け,操作を施そうとした江戸期の学問の潮流を考察したものです.もっとも,この「「接人」の制度構想」という視点は後から浮かび上がってきたもので,研究を終始導いていたのは,荻生徂徠を始めとする近世日本の学者の汲めども尽きぬ魅力でした.
 『蘭東事始(蘭学事始)』によれば,前野良澤が,蘭学に志したきっかけは,「人といふ者は世に廃(すた)れんと思ふ芸能は学び置て,末々までも絶へざる様にし,当時(現代の意)人のすてはててせぬ事になりしをば,これを為して世の為(ため)に後に其の事の残る様にすべし」という伯父の教えだったそうです.「実に我が心を獲た(実獲我心)」好きな言葉です.今日,「人のすてはて」たに等しい,江戸期の興味深い議論に出会うと,「使命感」というより,「義侠心」に近い感情に駆られ,資料調査と分析に取り組みました.拙論が,水足博泉や田中江南,富士谷御杖といった人物に多くの紙幅を割いているのはこのためです.同時代に生まれたならば,敬して遠ざけたくなるような一癖も二癖もある人物たちですが,その思考は鋭く,鮮やかです.彼らを思想史・文学史上の「畸人」として扱うのではなく,彼らの議論によって,江戸期の学問の重要な流れを照射することを研究の目標としました.その試みの成否については,出版の後に,大方の君子の是非にあずかれると幸いに存じます.
 拙稿の第一部は思想史研究,第二部は文学研究に属する内容となっています.研究の出発点である荻生徂徠は大思想家であると同時に文豪でもあったので,江戸期の学問の全体像を理解するためには,「思想史」や「文学」といった枠組に拘泥してはならないと早い段階から意識していました.幸運なことに,寛容で学識に富んだ師友に恵まれ,学問領域の壁を感じることなく,授業や研究会で多くの方から指導や助言を受けることができました.このような風通しの良い研究環境は,この二,三十年来,東アジア諸地域を専門とする思想史研究者が活発な交流を行なってきたことを土台としています.先達の努力の蓄積に深く感謝しています.
 脱稿から時間が経ち,加筆修正すべき点が那辺にあるのかが以前より明瞭に見えてきました.選考委員の先生方から頂いた貴重な御意見を参考に,刊行にむけて推敲を重ねていきたいと思います.

【受賞者略歴】
高山大毅
1981年生まれ,2004年東京大学教養学部超域文化科学科卒業.2007年東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了.2013年同大学院人文社会系研究科博士課程修了,博士(文学).現在,東京大学大学院人文社会系研究科研究員.

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