池田謙一(人文社会系研究科・文学部教授/社会心理学)[東大教師が新入生にすすめる本 2010年「UP」4月号より]
(1) 『〈民主〉と〈愛国〉─戦後日本のナショナリズムと公共性』小熊英二(新曜社,二〇〇二)
わたしたちを取り巻く社会的環境は,井の中の蛙のごとく「今,ここ」以外の世界認識のありようを想像することを困難にしている.基本的な「民主」や「愛国」の意味すら同様,時代時代に戻って追体験しなければ当時の認識は見えてこない.戦後史の中でそれを痛感させる名著.若者よ,世界の中の蛙に堕するな.
『誰が科学技術について考えるのか─コンセンサス会議という実験』小林傳司(名古屋大学出版会,二〇〇四)
先進の科学技術を社会が納得するには,科学者のみならず市民も含めたステイクホルダー(当事者)がその利点と問題点を熟考することが求められる.誰かに任せるべきものではない.想像以上の困難を伴うこの実践に本書は挑んだ.若者よ,きみも跳ぶのだ.
(2) 『服従の心理』スタンリー・ミルグラム/岸田秀訳(河出書房新社,一九八〇)または山形浩生訳(河出書房新社,二〇〇八)
ナチスドイツの中間管理職アイヒマンがホロコーストに関与した「悪の平凡さ」のメカニズムにつながる名高い実験研究だが,誰もが直面する問いをさらに投げかける.社会の構造がいかなる形で人間の判断を制約するのか,社会構造が正当化の論理を与えるときに人は個人としての判断をどこまで貫けるのか.
『信頼の構造─こころと社会の進化ゲーム』山岸俊男(東京大学出版会,一九九八)
社会科学の旬のテーマの一つである信頼概念の構造を解き明かす.社会を動かすのは制度や規則や罰や監視ばかりではない.信頼がどのように制度や監視のコストを下げ,また私たちに社会的な機会を創造的に与えるのか,氏の一連の研究の中で考えよう.
(3) 『アメリカニズム─「普遍国家」のナショナリズム』古矢旬(二〇〇二)
政治理念を接着剤として成り立ったアメリカを歴史的に検討し,移民国家のアイデンティティの淵源と,統合と多元性の態様を明らかにする.
『認識と文化─色と模様の民族誌』福井勝義(一九九一)
家畜の色と模様が認識の中心を占めるエチオピア・ボディ族のエスノグラフィ.大いにユニークな認識の体系においても人間の認識世界がどれだけ柔軟に構成されうるか,その構成の中でいかに生きがいもアイデンティティも紡がれていくか,おののきを覚える.一七年前にも同じ本を推薦していた.かくも強烈.
(4) 『政治のリアリティと社会心理─平成小泉政治のダイナミックス』(木鐸社,二〇〇七)
同一人物を五年間追跡した全国選挙調査JES3に基づき,小泉政権下の政治心理の変動を解読しつつ,政治行動の基礎部分をなす政治的寛容,参加,私生活志向,社会関係資本を時代状況の中で解析.
『クチコミとネットワークの社会心理─消費と普及のサービスイノベーション研究』(編,東京大学出版会,二〇一〇)
産学連携・文理融合のプロジェクトの成果として,ソーシャル・ネットワークの中でコミュニケーションが消費の普及をどのように可能にするのか,実証データとネットワークのシミュレーションによって追跡した.