日本の物価・資産価格 (電子書籍)
価格ダイナミクスの解明
- 冊子版 電子書籍
日本経済は長きにわたるデフレの後、現在は物価の上昇に見舞われている。日本の物価・資産価格(地価・株価)に焦点を絞り、その価格形成のメカニズムの解明から、今後、人口減少・高齢化社会を迎える日本経済が抱える課題とその解決策を模索する。
【本書「はしがき」より】
1980年代から始まった不動産バブルの生成とその後の崩壊は、日本経済に「失われた10年」とも言われる長期的な経済停滞をもたらした。そのような不動産バブルのピーク時に出版された、西村清彦・三輪芳朗編『日本の株価・地価――価格形成のメカニズム』(1990年、東京大学出版会)は、当時のバブル経済を解明する上で先駆的な研究が多く含まれており、その後の研究にも大きな影響を与えた。同著が出版されて30年が過ぎようとしているが、その後の日本経済は、人口減少や高齢化の進展などと合わせて、世界における相対的な地位低下(特に中国、韓国との比較で)が顕著となっている。そして、その後にデフレ経済へと突入していく中で、物価の問題は日本経済のバブル崩壊後の30年間と現在の日本経済の状況を理解する上で、極めて大きな研究対象へと発展してきた。
さらに、世界で人口オーナスの影響の先頭を日本が走っていることを考え、その後にアジアが追いついてきていることを考えれば、物価についても、資産価格についても「世界史的変動の中の日本の物価・資産価格」をどのように考えるのかという問題は、将来の日本経済の行方を見極める上で、極めて大きな課題である。また、物価・資産価格そのものをどのように測定するのかといった測定問題も、依然として多くの課題を抱えている。
本書は、(1) 『日本の株価・地価』が出版された以降の30年に新しく発生してきている問題に注目し、(2) 日本の物価・資産価格に焦点を当て、(3) 人口減少・高齢化といった人口オーナスとの関連性を踏まえて、日本の物価・資産価格について先端的な理論と実証分析の結果を合わせて発信していくこと、を目的とした。とりわけ、図書という性質を最大限に生かして、学術研究に基づいてはいるが、それにもかかわらず大胆な推論や結論を導き出すことを共通の合意事項とした。
本書の特徴としては、物価・資産価格に関する研究に焦点を当てるとともに、今後、確実に日本経済に影響をもたらすであろう、人口減少と高齢化の問題についても合わせて考えるという、共通のテーマを設定している。
第I部 物価
第1章 日本の価格硬直性――屈折需要曲線による説明(渡辺 努)
1.はじめに
1. 1 激変の資産価格と凍りついた物価
1. 2 企業はなぜ価格支配力を喪失したのか
2.日本の価格硬直性
2. 1 緩やかな、しかし執拗なデフレ
2. 2 企業の価格据え置き慣行
2. 3 価格据え置き慣行はいつ始まったのか
3.日本の価格硬直性はなぜ高いのか
3. 1 価格硬直性の高さはメニューコスト仮説で説明できるか
3. 2 価格硬直性の高さは屈折需要曲線仮説で説明できるか
3. 3 青木・奥田・一上仮説
4.消費者サーベイを用いた検証
4. 1 値上げと値下げに対する消費者の反応の非対称性
4. 2 インフレ予想と値上げ耐性の相関
5.おわりに――日本の高い価格硬直性がもたらす帰結
5. 1 価格競争から非価格競争へ
5. 2 賃金の硬直化
第2章 貨幣量と物価の関係――日米データに基づく検証(宮尾龍蔵)
1.はじめに
2.貨幣量と物価の関係――先行研究
3.実証分析
3. 1 実証アプローチ
3. 2 実証結果
4.貨幣需要の均衡関係に関する議論
5.おわりに
第3章 「アウトプット型」建築物価指数の有効性――市場取引価格の反映による景気評価への影響(肥後雅博)
1.はじめに――建設物価指数はなぜ重要か
2.市場取引価格を反映した「アウトプット型」建設物価指数の作成方法
2. 1 現行「投入コスト型」建設デフレーターの課題
2. 2 「アプトプット型」建設物価指数の作成方法
2. 3 日本で実用可能性の高い作成方法とは何か
3.「建築着工統計」の調査票情報を用いた建築物価指数の推計方法
3. 1 データ――「建築着工統計」の調査票情報
3. 2 層別化アプローチによる建築物価指数の作成方法
3. 3 ヘドニック・アプローチによる建築物価指数の作成方法
4.「アウトプット型」建築物価指数の試算結果
4. 1 「アウトプット型」建築物価指数と建設工事費デフレーターとの比較
4. 2 層別化アプローチとヘドニック・アプローチとの乖離の考察
5.「アウトプット型」建築物価指数がもたらす知見
5. 1 「アウトプット型」建築物価指数と建設業の収益率との関係
5. 2 SNA・総固定資本形成の実質値への影響
5. 3 最近の不動産価格上昇の動きとの整合性
6.おわりに――「アウトプット型」建築物価指数の実用化への展望
第4章 消費者物価指数の精度向上に向けて――長期にわたり積み残されている課題の再検討(白塚重典)
1.はじめに
2.CPIの計測誤差
2. 1 CPIの概要
2. 2 CPI計測誤差の定量的な評価
2. 3 CPI計測誤差を縮小させる取り組み
3.一品目一調査銘柄主義を巡る課題
3. 1 CPIの価格調査方法
3. 2 小売物価統計調査の個票データを使った検証
3. 3 CPINowとの比較検証
3. 4 特売効果と店舗代替効果
4.サービス価格を巡る課題
4. 1 家賃
4. 2 保健医療サービス・通信サービス
5.おわりに――CPIの精度向上に向けて
第5章 円ドルレートと日本の物価の相互作用――エラーコレクション型のVARモデルを用いた推計(坪内 浩)
1.はじめに
2.先行研究――購買力平価説と為替レートのパススルー効果
2. 1 購買力平価説
2. 2 為替レートのパススルー効果
3.データとモデル――VECモデルを用いた分析
3. 1 データ
3. 2 単位根検定
3. 3 単位根検定
4.推計結果――円ドルレートは外生性が強く、購買力平価説が成立しているように見えるのはパススルー効果による
4. 1 VECモデルの推計
4. 2 インパルス・レスポンス
5.おわりに
補論 バラッサ=サミュエルソン効果を考慮した購買力平価
第6章 限界家賃指数の推計――消費者物価指数の改善に向けて(吉田二郎)
1.はじめに
2.賃料測定の方法と限界家賃指数の意義
2. 1 日本
2. 2 米国
3.データ
3. 1 住宅・土地統計調査
3. 2 LIFULL HOME’S データセット
4.分析の方法
5.傾向スコアによるマッチングの結果
6.推計結果
6. 1 消費者物価の家賃指数との比較
6. 2 経年減価調整
6. 3 推計方法による指数の差
7.おわりに
補遺
第7章 年齢構造の変化とインフレ率――国際パネルデータによる検証(井上智夫)
1.はじめに
2.モデルと推定方法――人口要因を考慮したインフレ・モデルとパネルデータ推定法
2. 1 モデル
2. 2 推定方法
3.データ――38ヶ国の国際パネルデータセットの概要
4.推定結果――年齢構造と期待インフレ率の関係
4. 1 人口動態の変化とインフレ率の長期変動との関係
4. 2 人口動態の変化とインフレ率の短期変動との関係
4. 3 年齢構造の変化とフィリップス曲線の傾きとの関係
4. 4 インフレ率の超長期予測
5.おわりに
第II部 資産価格
第8章 日本の不動産価格決定メカニズム――マイクロストラクチャと価格指数(清水千弘)
1.はじめに――土地神話と「4つの価格」
2.不動産価格の地域別変動の測定――マイクロストラクチャの推計
2. 1 品質固定済み不動産価格の変化
2. 2 分位点回帰による空間特性に配慮した地域小単位別住宅価格指数の推計方法
3.不動産バブルはどこから始まったのか?――地域別住宅価格指数の推計結果
4.おわりに――不動産市場の測定と今後の課題
第9章 地価とファンダメンタルズ――均衡価格からの乖離要因(才田友美)
1.はじめに
2.西村論文を振り返る
3.モデルとデータ
3. 1 モデル
3. 2 データ
3. 3 割引現在価値以外の要素
4.実証分析
4. 1 定常性の検定
4. 2 長期均衡関係
4. 3 共和分分析と誤差修正モデルの推計
5.おわりに
補論 名目長期金利ギャップの推計手順
第10章 日本の株式市場の分散リスクプレミアム――景気に対する予測力についての実証分析(渡部敏明)
1.はじめに 295
2.QとPの下でのQVの期待値とVRP
2. 1 Qの下でのQVの期待値
2. 2 Pの下でのQVの期待値
2. 3 VRP
3.データとBHモデルの推定結果
4.Qの下でのQVの期待値、Pの下でのQVの期待値、VRPの予測力
4. 1 超過リターンに対する予測力
4. 2 景気に対する予測力
5.おわりに
第11章 高齢化・人口減少と地価・物価――長期のポートフォリオ選択における土地と貨幣(玉井義浩)
1.はじめに
2.長期の資産選択の理論
2. 1 モデルの設定
2. 2 土地と実質貨幣への需要
2. 3 資産の供給
2. 4 貨幣量一定のレジーム(量的安定)
2. 5 インフレ・ターゲティングのレジーム(物価安定)
2. 6 人口動態の推移の中での実質地価
2. 7 長期についての理論から短期についての実証へ――バブルとその崩壊
3.実証分析
3. 1 推計モデル
3. 2 データと推計結果
3. 3 市区町村ごとの将来地価の予測について
4.おわりに
補遺A (9)式の定常解の不安定性
補遺B インフレ目標レジームの下での、人口ボーナス期における貨幣の資産需要
第12章 安全資産膨張のマクロ経済学――日本の長期停滞と経済政策の効果(村瀬英彰)
1.はじめに
2.モデルの構築と均衡の導出
2. 1 財消費と貯蓄
2. 2 金融仲介と貨幣需要
2. 3 財生産と所得分配
2. 4 金融・財政政策と経済への安全資産の注入
2. 5 完全予見均衡と成長経路
2. 6 2つのレジームの特徴とレジーム・スイッチ
3.政策効果の分析
3. 1 安全資産需要の縮小策・危険資産需要の拡大策
3. 2 安全資産供給の拡大策
3. 3 その他の政策パラメーター、構造パラメーターの変化
4.超過準備レジーム下の日本経済
5.おわりに――資本形成の社会化と大衆化
補論 完全予見均衡としての均斉成長経路
第13章 不動産市場の持続可能性――環境配慮型建築物は経済プレミアムを持つのか?(ヨンヘン・デン)
1.はじめに
2.データと方法
2. 1 データ
2. 2 ベースモデル
2. 3 拡張モデル――リピートセールス(RS)とPS分析
3.結果と考察
3. 1 ベースモデル、リピートセールス、傾向スコア・マッチング
3. 2 傾向スコアクラスタリングの結果
4.おわりに
総括 「日本の株価・地価」から「日本の物価・資産価格」へ――西村清彦教授インタビュー(渡辺 努・清水千弘)
1.資産バブル崩壊
2.デフレの始まり
3.物価はなぜ動かなかったのか?
4.データドリブンな社会と課題
5.不確実性と向き合う――今後の30年を展望する