エウクレイデス全集【全5巻】

シリーズ著者
片山 千佳子 訳・解説
斎藤 憲 訳・解説
鈴木 孝典 訳・解説
高橋 憲一 訳・解説
三浦 伸夫 訳・解説

第1巻 原論 I-VI

 『原論』は全13巻からなり(XIV、XV巻は後の数学者が加えたものとされる)、その成立はおおむね紀元前300年頃と考えられている。約15万語の本文と多数の図版からなる、当時の数学の論証数学の基本的知識を集大成した書物である。
 本全集第1巻には『原論』I-VI巻が収められる。I-IV:初等的な平面幾何、V:比例論、VI:比例論の平面幾何への応用、である。ピュタゴラスの定理などもこの巻に含まれる。

第2巻 原論 VII-X

 本全集第2巻には『原論』VII-IX巻が収められる。VII-IX:整数論、X:非共測量(通約不能量)の分類論、を扱う。
 第X巻は、100を超える命題から成り立ち、『原論』の3割近くを占める巨大な巻である。

未刊 第3巻 原論 XI-XV

 本全集第3巻には『原論』XI-XV巻が収められる。XI-XIII:立体幾何学、XIV-XV:正多面体論への追加、を扱う。先にも述べたように、XIV、XV巻は古代末期頃付け加えられたものであるが、ハイベア版に準じるため、本全集にも掲載する。なお、共立版には、XIV、XV巻の訳は掲載されていない。

第4巻 デドメナ/オプティカ/カトプトリカ

 本全集第4巻には、平面幾何学、視覚論に関する内容が収められる。個々の内容は以下の通りである。
 『デドメナ』(=『ダダ』とも呼ばれる)は、平面幾何学を扱っており、15の定義と94の命題からなる。『原論』と同じ論証形式をもっており、そこで使用されている命題は『原論』の命題のみである。全体に「所与(の角、比、直線など)を(持つ、作図されるなど)ならば、~である」という記述がとられているため、「所与」にあたるギリシャ語を採用して『デドメナ』という書名で呼ばれている。パッポスが『数学集成』において「解析の宝庫」の筆頭にあげている重要な書物である。
 『オプティカ(視学)』は、眼から視線が出ていると主張する「流出説」の立場にたち、同一媒質中の対象の見え方を論じる7つの定義と58の命題からなる。
 『カトプトリカ(反射視学)』は、鏡(平面鏡、凸面鏡、凹面鏡)に映し出された像を6つの定義と30個の命題で考察するものである。

未刊 第5巻 ファイノメナ/ハルモニア論入門/カノーンの分割

 本全集第5巻は、天文学、音楽論に関する内容を収める。個々の内容は以下の通りである。
 『ファイノメナ』は、天文学を 題材とする。「ファイノメナ」は「現れるものども」を意味するが、ここではさらに「星の出没のありさま」に限定されている。全文は18個の命題からなる。
 『ハルモニア論入門』は、アリストクセノス派の音楽理論を要約したものである。『原論』などとは違って、論証的ではなく、記述的な作品である。
 『カノーンの分割』は、ピュタゴラス的音程比理論と、カノーンと呼ばれる一弦の分割によるギリシャの音組織論とを20の命題にまとめて体系化し論証したものである。『音楽原論』とも呼ばれる。

 

 

刊行にあたって

 

 

 エウクレイデス(英語読み:ユークリッド)という名前を聞いて、何を思い浮かべるだろうか。おそらく「『原論』を書いたギリシャの数学者」というのが一般的なイメージであろう。
 『原論』は、現代の数学のイメージを形成したと言っても過言ではなく、古来、学問方法の一つの典型として学び継がれ、聖書に次ぐベストセラーと称された。しかし、彼の学問的関心は純粋数学のみだったわけではない。天文学・視覚論(光学)・音楽など多岐にわたっていたのだ。つまりその関心領域は、アリストテレスにおいて「数学的な諸学問のうちでより自然学的なもの」と呼ばれ、中世ヨーロッパにおいては数学と自然学の間の「中間的学問」と呼ばれたものに及んでいたのである。その実態を正確に把握し、また私たち自身の数学イメージの拡大に資するためにも、彼の学問的活動の全体像を知ることが必要なのではなかろうか。このような思いから本全集を翻訳・刊行する運びとなった。  20世紀末に日本政府は「科学技術創造立国」を旗印に掲げて21世紀に乗り出した。昨今は、大学および高等教育の内容・制度の改革をめぐって賛否両論が戦わされている。西洋の科学を本格的に取り入れた明治維新以降、日本は科学の成果と応用のみに短兵急であったとは言えないだろうか。たとえ「消化吸収」という場面ではかなりの成功を収めたとしても、その成功は「創造」の場面でも通用するとは限らない。今こそ「科学とは何だろうか」という原初的な問いに向かい合う必要があるのではないだろうか。そうした際に、科学を歴史的な文脈から理解する能力を十分養うことは、大きな助けとなるだろうと訳者たちは信じている。「人間は過去を見つつ後ずさりしながら未来に突入していく」のだとすれば、歴史的な考察は科学といえども無視できない。むしろ科学は歴史から学ばねばならないであろう。
 広く世界を見ても、『エウクレイデス全集』の近代語訳はいまだなされておらず、今回の邦訳がまさに世界最初の近代語訳全集となる。本全集の出版が、歴史的な思考と能力を養ううえで読者にとって有益となることを願う。そして「理数科離れ」を起こしつつあると言われる若い世代に、原典と向かい合う経験が新たな問いを触発し、新たな展望を開くことができれば、このうえない喜びである。

  片山千佳子・斎藤 憲・鈴木孝典・高橋憲一・三浦伸夫