イスラーム地域研究叢書【後期4巻 全8巻】
5 イスラーム地域の国家とナショナリズム 酒井啓子・臼杵 陽 編
共同体を形成する推進力の軸や対外抵抗運動の枠組みがナショナリズムからイスラームへと移り、いま世界で発生する紛争を解決する「鍵」をどこへ見出すか。政治的環境に応じて多様なあらわれ方をする国家とナショナリズムの動態的関係の理論的可能性を探求する。
6 イスラームの性と文化 加藤 博 編
男と女/労働・開発/教育/移民/メディアの5つの切り口から叙述し、国連女性問題史、関連統計をも付すことによって、イスラーム女性問題を広く社会問題のなかに位置づけ、言説の虚像を排し、その背後にあるイスラーム女性の実像へと迫る。
7 イスラームの神秘主義と聖者信仰 赤堀雅幸・東長 靖・堀川 徹 編
イスラームの深みと豊かさの源泉に、人類学、歴史学、思想研究の協働が新たな視点を示す。聖者信仰、スーフィー思想、教団、預言者一族崇敬の4つの主題の下に、事例研究と理論を結合した研究の再構築が、イスラームの歴史と現在との総合理解に道を開く。
8 記録と表象 史料が語るイスラーム世界 林佳世子・桝屋友子 編
イスラーム世界の歴史と文化を一次史料にさかのぼり研究するために必要な知識や情報を、著作・古文書類・造形芸術の分類から詳述する。豊富な事例を挙げて歴史研究の奥行きをしめすとともに、イスラーム世界の知的な営みの鳥瞰的な展望を提示する。
刊行にあたって
「イスラーム地域研究」プロジェクト(1997‐2002年)が実施されているさなかに、世界をゆるがす重大事件があいついで発生した。エジプト・ルクソールでの外国人襲撃事件(1997年11月)、ニューヨークとワシントンでの同時多発テロ(2001年9月)、米英軍のアフガニスタン空爆によるターリバーン政権の崩壊(同年12月)などである。さらに2003年3‐4月には、同じ米英軍の侵攻によって、二十年余におよぶ独裁的なフセイン政権は崩壊したが、イラクの状況は混迷の度を深めている。
これらの事件や戦争の背後には、「イスラームのグローバル化」という事実があり、私たちのプロジェクト研究も、この新しい現実をふまえて出発した。しかしイスラームやその研究のグローバル化を前にして、私たちは地域を越える共通の問題と同時に、地域の個性、つまり歴史や文化の伝統とイスラームとの関係を理解することが重要であると考えてきた。「グローバルとローカル」、双方の視点から観察することによって、現代イスラームの理解はさらに深まるのではないだろうか。
イスラーム地域研究は、世界のイスラーム研究にさきがけて開始された新しい研究分野である。それは、18世紀以来、ヨーロッパで育まれてきた実証的な「イスラーム研究」と、地域の個性を把握しようとする新しい「地域研究」との融合の試みであるといってもよい。この実験に参加した人たちは、歴史学・政治学・経済学・宗教学・社会学・人類学・都市工学などさまざまなディシプリンの研究者たちである。このように多様なディシプリン研究の成果を体系的に、しかもわかりやすくまとめることは決して容易なことではない。プロジェクトの期間中、私たちはさまざまな地域を組み合わせて比較する「地域間比較の手法」と現代問題を歴史をさかのぼって解明する「歴史的アプローチの方法」とを採用することによって、複雑・多様な現代イスラームの諸相を総合的に理解することをめざしてきた。
本叢書があつかう分野は、イスラームの政治・思想運動や経済活動、国家とナショナリズム、民衆運動、ジェンダー問題、聖者信仰と神秘主義、さらにはイスラーム史料学など実に多岐にわたっている。しかしその多様性にもかかわらず、読者は、現地調査と原典史料にもとづく最先端の研究成果を通して、現在の「重大事件」の根底にあるものへと迫ることができるものと信じている。
編集代表 佐藤次高
各巻詳細
第5巻 イスラーム地域の国家とナショナリズム
イスラーム世界におけるナショナリズム概観 酒井啓子(アジア経済研究所)
Ⅰ イスラーム世界におけるナショナリズム運動史
1 近現代イラン政治の展開と宗教的/世俗的ナショナリズム 吉村慎太郎(広島大学)
2 旧ソ連ムスリム地域における「民族史」の創造 宇山智彦(北海道大学)
3 ボスニアのムスリム・コミュニストによっての宗教とネイション 佐原徹哉(明治大学)
Ⅱ 革命が準備する「ネイション」
4 革命後イランにおける「ナショナル・アイデンティティ」 松永泰行(同志社大学)
5 イラクにおけるナショナリズムと国家形成 酒井啓子
6 パレスチナにおけるナショナリズムの起源と展開 臼杵陽(国立民族学博物館)
Ⅲ 国民形成を巡る試み
7 英雄の復活 帯谷知可(国立民族学博物館)
8 「人工国家」のナショナリズム 北澤義之(京都産業大学)
9 現代トルコの国民統合と市民権 山口昭彦(聖心女子大学)
第6巻 イスラームの性と文化
Ⅰ 男と女
1 イスラーム世界の女性 加藤 博(一橋大学)
2 夫婦関係を盛り上げる仕組み 中山紀子(中部大学)
Ⅱ 労働・開発
3 トルコの女性労働とナームス(性的名誉)規範 村上 薫(アジア経済研究所)
4 マグリブ三国におけるマイクロクレジット普及の背景とその現状 鷹木恵子(桜美林大学)
Ⅲ 教育
5 イランの女子教育 桜井啓子(早稲田大学)
6 中国ムスリムの女性教育 王 建新(中山大学)・新免 康(中央大学)
Ⅳ 移民
7 出稼ぎによるジェンダー関係の変化 岩崎えり奈(一橋大学院)
8 中東へ出稼ぎに行くムスリム女性=フィリピン 石井正子(国立民族学博物館)
Ⅴ メディア(映画・雑誌)
9 「女子供」の映画としてのイラン映画 鈴木均(アジア経済研究所)
10 女性誌にみる「よそおい」とマレー文化の新伝統主義 奥村みさ(中京大学)
付録 歴史的統計
11 国連における女性問題 平井文子(獨協大学・非常勤)
12 中東に関するジェンダー統計・データ 泉沢久美子(アジア経済研究所)
第7巻 イスラームの神秘主義と聖者信仰
スーフィズム・聖者信仰複合への視線 赤堀雅幸(上智大学)
Ⅰ 聖者信仰
1 聖者信仰研究の最前線 赤堀雅幸
2 ガザーと聖者、その記述と観念 今松 泰(英知大学・非常勤)
3 バングラデシュのマイズバンダル教団における血縁的系譜と霊的系譜 外川昌彦(広島大学)
Ⅱ タサウウフ
4 タサウウフ研究の最前線 東長 靖(京都大学)
5 神秘主義の聖者とイマーム派のイマーム 鎌田 繁(東京大学)
6 ネオ・スーフィズム論争とその射程 大塚和夫(東京都立大学)
Ⅲ タリーカ
7 タリーカ研究の現状と展望 堀川 徹(京都外国語大学)
8 タリーカにおける世襲の問題 矢島洋一(関西学院大学・非常勤)
9 西アフリカのタリーカと社会変動下の集団編成 坂井信三(南山大学)
Ⅳ サイイド・シャリーフ
10 サイイド・シャリーフ研究の現状と展望 森本一夫(東京大学)
11 シャリーフィズム、象徴、歴史 A. セブティ(ムハンマド5世大学)
12 北インド・ムスリム社会のサイヤド 小牧幸代(京都大学)
第8巻 記録と表象 史料が語るイスラーム世界
イスラーム史研究と歴史史料 林佳世子(東京外国語大学)
Ⅰ 記憶・知識人・著作
1 語り継がれる「記憶」 坂井弘紀(和光大学)
2 歴史を伝える 佐藤次高(早稲田大学)
3 ムスリムの地理的知見と世界像 羽田 正(東京大学)
4 人物を伝える 谷口淳一(京都女子大学)
Ⅱ 国家・宗教的権威・文書
5 イスラーム法廷と法廷史料 大河原知樹(東北大学)
6 ウラマーとファトワー 近藤信彰(東京外国語大学)
7 オスマン朝の文書・帳簿と官僚機構 高松洋一(東京外国語大学)
8 オスマン朝の財務記録 清水保尚(東京外国語大学・非常勤)
Ⅲ 史料としての造形芸術
9 工芸が伝える情報 桝屋友子(東京大学)
10 建築が伝える情報 深見奈緒子(東京大学)
11 絵画が伝える情報 ヤマンラール水野美奈子(東亜大学)