日本経済史【全6巻】
1 幕末維新期
[執筆者] 石井寛治/小岩信竹/粕谷誠/谷本雅之/中西聡/二谷智子
2 産業革命期
[執筆者] 村上勝彦/神山恒雄/花井俊介/鈴木淳/荻野喜弘/大門正克/佐藤政則/荻山正浩/山口由等/中村尚史/鈴木正幸
3 両大戦間期
[執筆者] 武田晴人/阿部武司/橘川武郎/加瀬和俊/平智之/寺村泰/宮島英昭/安田常雄/長島修/山本義彦/柳沢遊
4 戦時・戦後期
[執筆者] 山崎志郎/鈴木邦夫/伊藤修/金子文夫/原 朗/大川裕嗣/三宅明正/渡辺純子/岩本純明/神野直彦
5 高度成長期
[執筆者] 沢井実/清水洋二/浅井良夫/長谷川信/橋本寿朗/伊藤正直/高松亨/菅井益郎/持田信樹/寺村泰/植田浩史
6 日本経済史研究入門
[執筆者] 高村直助/石井寛治/原 朗/武田晴人/馬場哲/斎藤修/岡崎哲二/大東英祐/杉原薫/安田常雄/松田芳郎/木村健二/本宮一男/加藤新一/三宅明正/沼尻晃伸/佐藤政則/奈倉文二/中西聡
刊行にあたって
1965年から東京大学出版会によって刊行された『日本経済史大系』(全6巻)は、その序文において、「経済史らしい経済史」を目指すと述べた。同『大系』の編者は、それを「全体として史料に沈潜し、それを批判的に構成する歴史家のやり方」という意味合いで用いており、経済学と歴史学の双方の領域に跨る経済史学が、最終的には歴史学の一部に属するという認識を表明していた。それから三十五年の歳月が流れ、幾つもの歴史研究のシリーズが刊行されたが、近代日本について「経済史らしい経済史」の体系的シリーズが企画・刊行されることはなかった。
この三十五年間に、日本経済史の個別研究の対象領域は第二次世界大戦以降にまで及び、日本経済の現状分析と重なり合う時点まで拡大した。方法的には経営史や労働運動史、社会史あるいは数量経済史などと交流した多面的アプローチが試みられ、最近では比較制度分析や取引コスト論などいわゆる近代経済学の手法の影響も見られるようになった。実証的には政府統計や刊行史料の利用の段階を越えて、個別経営史料や統制経済関係文書、GHQ関係などの海外文書の発掘と利用が進み、個別テーマについての実証水準はかつてない高まりを見せた。しかし、そのことは、反面において、新たに研究を始める者にとっては高い障壁となり、若手研究者は狭い研究・史料空間に閉じこもる傾向が生まれた。かつての諸研究が目指した「ダイナミックな全体像の構築」への努力が学界全体として弱まったことは否定し難い。
この間、1990年代初頭には、ソ連・東欧社会主義の崩壊という大事件があり、中国も「社会主義市場経済」を目指すに至って、ほぼ全世界が市場経済体制に包摂され、経済史研究についても上述のような近代経済学的手法の導入が見られるようになった。われわれは、そうした方法がもつ一定の有効性を認めるのに吝かでないが、同時に、経済史研究が多様な歴史的前提の下での個性的な経済社会の生成と発展の在り方を問題とする以上、現在の市場経済分析に適用される経済学の論理だけでは充分な解明ができないことを指摘したい。また、20世紀社会主義の崩壊は、歴史を客観的に辿るものとして把握する方法自体への懐疑を生み、その中から歴史的なるものは結局それぞれの歴史家の主観に基づく構成物に過ぎないという見方まで唱えられるようになった。われわれは歴史家が叙述する歴史が歴史家の主観と密接不可分のものであり、発展段階自体が仮説的なものであることを当然のこととして認めるものである。同時にしかし、学問としての歴史学は、出来る限り客観的な史実の把握を土台としつつ、つねに新たな段階把握を目指さなければならないこと、また、史料的根拠を欠く単なる主張は個人のイデオロギーの表明ではあっても学問とはいえないことを指摘したい。
このように現代世界が新たな展開を見せているにもかかわらず、日本経済研究が前述のように個別分散化傾向を示している現状を踏まえたとき、経済史研究の原点に立ち戻って、近代日本の経済構造の生成と展開の姿を、正確な個別認識を基礎にしつつ、体系的にまとめ直す共同作業を試みることは、経済史研究に携わる者にとって緊要な課題であると言えよう。このシリーズは、歴史に関心をもつ一般読者にたいして最新の研究成果をわかりやすいかたちで提供すると同時に、歴史研究者や大学院で研究者としての将来を夢見る人々にたいして新たな研究に向けての堅固な足場を提供しようとするものである。
こうした意図をこめた本シリーズの編集にあたっては、1)対象とする時代を近・現代史に限定し、とくに最近研究成果が蓄積されはじめた現代史に力点をおき、日本経済史の現状認識との接合を図る、2)時期別の1~5巻の章別構成においては、対外関係・経済政策・資本蓄積・社会階層を主要な柱とし統一を図る、3)各章の内容は、通史的・網羅的であるよりは、研究史を踏まえた上での実証的な分析を重視する、4)その結果としてカバーできない論点については、コラム形式の短編を設けるとともに隣接分野等との交流を試みた第6巻を編集することによって補う、ということを心掛けた。以上のような編集意図に沿って、研究の最前線に立つ執筆陣が、1996年以来繰り返し討論を行い、ようやくここに本シリーズを刊行するに至った。本シリーズが少しでも多くの人々によって読まれ、各読者の懐く歴史認識を豊かにする上で役立つとともに、歴史研究の発展に向けて相互批判の材料となることを期待したい。
2000年10月
石井寛治
原 朗
武田晴人